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「いやぁ、旬先生…夏なんてすぐですから。また工事が終わったら来ましょうよ」
旬先生はギロリと私を睨んだ。
「また、キミとか?」
「いえ、誰と来てもいいじゃないですか。夏以降に来れば。東京タワーは逃げないんですから」
「当たり前だ。東京タワーが逃げると言う言葉のチョイスがおかしい。『失くなる』ならまだしも」
失くなるでも逃げるでも、どちらでも私は構わない。とにかく東京タワーの特別展望台に今日は上がれない。
行こうと言い出した私は責任を感じるべきだろうか。
「あの……旬先生…すいませんでした!!」
ぺこりと頭を深く下げた。
私が言い出さなければ、東京タワーにわざわざ来なくて済んだのに。旬先生の幼い時の切ない思い出をますます切ないものにしてしまった。
なんて、申し訳ないことをしたんだろう。
元気づけるどころか反対に疲れさせただけだ。
「内藤くん、顔を上げたまえ」
「……はあ」
顔を上げると、旬先生が東京タワーを指さした。
「特別展望台には上がれないが、大展望台には上がれる。せっかく来たんだ。無駄足は性に合わない。行くぞ」
またもや、ぐいっと手首を掴まれた。
せっかちだ。こんな風に引っ張らなくても口で言えばわかるのに。
ぐいぐい引っ張られながら、私は旬先生の後頭部を眺めた。
子供に「行こう」としつこくせがまれて、引っ張られる親って、こんな感じだろうか?
面倒だけど、子供は可愛い。可愛い子供が喜ぶなら連れて行ってやるか、みたいな。
ぼんやりとそんなことを考えていた。
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