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「私は、彼を裏切りません」
「彼は?」
「彼も私を裏切りませんよ」
「それはどうかな?」
「はぃ?」
「古ぼけた彼女より、新鮮な女性のがいいと思うかもしれないぞ。魚や野菜と同じだ。スーパーに行くだろ? キミは数時間前にパックされた古いと分かりきっている目の濁った魚を選ぶのか? 8割の人間は、新しくパックされ奥の取りづらい場所に置かれたパックをチョイスするはずだ」
すごく失礼だ。
私を新鮮さを失くした目の濁った魚に例えたりして。
「あの、そうかもしれませんが頭にくるんですけど、先生の言い方! 古ぼけた彼女って私の事でしょうか!」
「そうだ。それ以外誰のことだと思うんだ? そんなに熱くなるな。たかが色恋沙汰だ。長い人生において、色恋なんて大して意味なんかないぞ。やめろやめろ」
手のひらをヒラヒラと振ってみせる旬先生。
「旬先生に言われたくありません。私の人生の意味は、私が考えますから!」
やってしまった。
今日は上手く立ち振る舞うつもりだった。熱くならずに冷静にしていたかった。
だが、旬先生があまりにも身勝手で自信家で失礼なことは言ってくるし、嫌な感じの人だから、つい本気になって言い過ぎた。
もしかしたら、本当に初日でクビかも。
青ざめて後悔している私の意に反して旬先生は、私を眺めた後で数回納得したように頷いている。
「なるほど。女だが気が強い。音羽くんが言ってた通りだな」
音羽先輩は、ここの法律事務所で弁護士として働いており、うちの事務所でパラリーガルの募集をしてるから来ない?と声をかけてくれた人だ。
「えっ、先輩が?」
先輩は、私をどんな感じで紹介したのだろう。だが、変な風に思われてはいないようだ。その証拠に旬先生が初めて笑顔を見せている。
急に旬先生は私に手を差し出してきた。
「よし、いいだろう、合格だ。今日からよろしく頼むよ、内藤くん」
「へっ?え?」
合格?
私、まだ雇われてなかったのだろうか?
なんにしても合格ならば、今度こそ正式採用されたということなのだろう。
旬先生の前におずおずと掌を出すと、ガッチリと握手されてしまった。
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