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案件1、24時間以内に惚れてしまうという予言
今日の私は、だいぶハイテンションだ。
同時にかなり緊張もしている。頭痛がしているが、これは想定内だ。元来、私は頭痛持ちだから。
いつもラッキーアイテム、第一類医薬品の頭痛薬を1錠。これは常に財布に入れて持ち歩いている。
お守りみたいなもので、これを持って置かないと必ず頭痛になる。今日は、朝起きた時から痛かったので、既に1錠飲んできた。後は薬が効いてくれるのを待つしかない。
いやぁ、だけど、さすがは日本が誇る都会の街、六本木だ。街の雰囲気からして、どこかが違う。私が住んでいる蒲田とは、匂いからして違うような気さえする。
改めて鼻をヒクヒクさせながら、目の前にそびえ立つビルを見上げてみた。ガラス張りの外観、間違いなくオシャレなビルで、入る前からとても感激していた。50階建ての「 square TOKYO」。完璧にオシャレなオフィスビルだと言える。
なんだか興奮して来た。
聞いた話によると屋上にはヘリポートもあるらしい。ますます興奮する。
六本木で働けるなんて夢みたいだ。大学の時に長野県から東京に出てきて8年。ようやく東京に来た甲斐があったってもんだ。
超素敵! 超感激!超感動!ニヤニヤして両手を握りしめ上げたり下ろしたりしながら、少し前かがみになり「小さなことからコツコツと」と有名な漫才師の言葉を真似して呟く私は完璧な不審者に見えたのだろう。ビルの警備員にじっと見られているのがわかり慌てて姿勢を正した。
1階のエレベーターホールから、このビルで働いている人達に交じりエレベーターを待つ。30階以上のフロア専用ガラス張り展望エレベーターに乗りこみ、流暢な英語による会話が普通に飛び交うエレベーターで、小さくなって31階へ向かう。
こんな場所で働けるようになるなんて、何度も言うが、すごく夢みたいだ。なんせ、とてつもなく綺麗なビルだから。
床や壁がピカピカ、ツヤツヤだし、エレベーター内にいる人たちもパッと見た感じだが、みんな洗練されてて華やかでオシャレさんだ。
いや、1人だけ例外さんがいた。
頭髪が普通に薄い。ポヤポヤってなっている。少しだけある髪が何故か数本たなびいている。
空調か?空調のせいでたなびくのか?
思わず、天井を見上げる。
どうしよう、あんな人が上司だったら六本木のオシャレ空間が台無しだ。いや、考えてみると頭髪が薄いのは、あの人のせいじゃないだろう。薄いのを責めるのは、ひどく残酷な話だ。
よく見るとコートは上質そうだ。高給取りなのかもしれない。
私は、自分の地味なグレーのチェスターコートを見おろして、ため息をついた。髪は私のがフサフサだが、服は私のが負けている。コートくらいケチケチしないで就職祝いと称して新調すれば良かった。今更、悔やんでも後の祭りだ。
ポーン……
エレベーターの扉が開くと、あまりの高級感になんだか尻込みして足が中々前に踏み出せない。大丈夫。少しばかり、だいぶ敷居が高いような気がするけど、音羽(おとわ)先輩の紹介だし、きっとなんとかなるっしょ!私は自分に気合いを入れて、閉まりそうになったエレベーターから人をかき分けて「すいません」と謝りながら急いで降りる。薄毛の人が同じ階で降りなかったことに、心なしかホッとしていたのは、言うまでもない。
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