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第一節 拾われてきた少年
石畳で舗装された街道に、馬蹄が石を叩く乾いた音が響く――。
今までは土が剥き出しの状態な道を馬に歩かせていたため、舗装された街道は、一行が目指している国が近いことを指し示していた。
馬上で甲冑の音を鳴らす一行は、東の大陸、その北部にある国――“リベリア公国”の将軍が率いる従者と部下である。
「もうじきリベリア公国が見えてくる。疲れていないか、ハル君?」
一行の頭目である将軍――ミハイル・ウェーバーは自身の後ろを振り向き、馬に跨る少年に声を掛けた。
「はい、大丈夫です。お心遣い、感謝します。ミハイル将軍」
ミハイルに声を掛けられた赤茶色の髪とその髪と同じ色の瞳を持つ少年――ハルは、見た目の年齢にそぐわない礼儀正しい言葉使いで返礼する。
「君は本当に屈強な精神と体力の持ち主だな。訓練を受けたことのない人間であれば、ここまで馬の遠乗りなどをしたら疲れ果ててしまうだろう。だが――、君は弱音の一つも吐かない」
ミハイルは微かな笑みを浮かべてハルを見ながら、この気丈な少年――ハルとの出会いを思い返すのであった。
◇◇◇
リベリア公国と友好関係にある南方の隣国――“カーナ騎士皇国”。その隣国が近年になり、不穏な動きを見せているとの情報が入って来ていた。
それ故に現在――、この二国の交流は断絶。二つの国の間には、“不可侵領域”と呼ばれ明確な国の境目という線引きが今まで存在しなかったにも関わらず、国境線と砦が作られ、互いが牽制しあっている状態にあった。
リベリア公国の将軍であるミハイルと一行は、リベリア国王の勅命を受け、隣国の動きの調査。そして、そこに詰めている騎士や兵士への労いの意味も兼ね、南方の国境付近にある砦へと視察に訪れていた。
その訪れた砦に『金を稼ぎたい』――と。そのような理由で身を寄せ、雑用の任に就いていたのがハルだった。
ハルは、どこか達観した様子を湛える愁いを帯びる――、十六歳ほどの年齢の見目に不相応な眼差しをしており、兵士たちから次々と与えられる雑用の任務に、泣き言も愚痴も何一つ零さず、黙々と作業をこなしていた。
ミハイルは、そんなハルを一目で気に入ってしまったのだった。
ミハイルが詳しく話を聞くと、ハルに家族などの身寄りはなく、砦にいたのも旅をするための資金稼ぎのためだと言う。
その話を聞き、ミハイルはハルが将来的に自身の“盾持ち”の任を与えるに相応しい人物だと感じ、砦から連れ帰り、今に至る――。
「ハル君。君に頼みたい任務が一つある」
「はい……?」
ミハイルの放った『任務』という言葉に、ハルは不思議そうな面持ちで返事をした。
「私には一人娘がいる。名前はビアンカ。歳は――、君より少し下くらいだ」
娘の話をしているミハイルの表情は、強面な印象を抱かせる彼の表情をとても柔らかなものにさせていた。
「ビアンカの“友”になってやってはくれないか?」
「えっ?! ミハイル将軍のご息女の友人ですかっ?!」
「ああ、そうだ。母親を早くに亡くしてしまった故、少々甘やかして育ててしまった。そのため我儘……、というか好き勝手に色々とやらかす勝気な性格に育ってしまっていてな……」
ミハイルは自分自身の頭痛の種を語るように、苦悶の表情を浮かべている。
「屋敷で悪戯をしては乳母や家庭教師たちを日々困らせているそうだ。そこでハル君には“護衛兼お目付け役”として。そして――、ビアンカの“友”となってやってほしい」
語りながらミハイルは、何か思うところがあるようで溜息を零す。
「私は将軍という任に就いている故に、常に傍にいてやることができないからな……」
ミハイルはどこか寂しげに呟く。
ミハイルの嘆息の言葉に、ハルは「はあ……」――と、どこか気の抜けた返事をすることしかできなかった。
「“将軍の娘”という立場のせいで、市井には友達になってくれる者もいないようでな。それを私は不憫に思っている」
「お、俺でいいなら……、構いませんけど……」
正直、出自のわからない自分が将軍の娘の友人になって良いのだろうか――と。ハルは内心で考える。だが、任務としてならば致し方あるまいと思った。
しかし、我儘放題なお嬢様の“護衛兼お目付け役兼友達”。なかなか骨が折れそうな任務だと、彼は心のどこかで吐露する。
「すまないな。将来は私と同じ将軍になりたい、などと言い出すくらいの勝気な“鉄砲玉娘”だ。君も苦労すると思うが――、頼んだぞ」
ハルの内心を察したのか、ミハイルは微笑を浮かべながらハルに言い渡す。
「仰せのままに……」
最後に聞いたミハイルの娘の性質を聞き、溜息を吐き出したい気分になったが、ハルはグッと堪える。
だが、ハルとしては、リベリア公国に長居をする気はなかった。いずれ時が来たら、自身はこの国を離れることになるだろう。そう心中で思い馳せる。
――俺は不幸を振り撒く存在だからな……。
ハルは、自身が一つ処に長く居て良い者でないことを、理解していた。
それはハル自身が――、他人に対して不幸をもたらし兼ねない存在であるということ。それを自覚している故の考えだった。
快く自身を拾い、そうして受け入れてくれるミハイルには申し訳ないと思いつつ――。ミハイルの娘である少女に情が移らないよう、ハルは気を引き締める。
漸く目に見える場所まで近づいてきたリベリア公国の城を見据え、ハルは自身の革の手袋に覆われる左手の甲を無意識に右手でさすっていた。
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