第三節 初めてのお友達

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第三節 初めてのお友達

「ビアンカお嬢様なら、悪戯をされて怒られた後は城下街の中央広場まで逃げ出して、ほとぼりが冷めた頃に戻ってきますよ……」  どこか呆れの色が混ざる料理番の言葉を聞いたハルは、飛び出していったビアンカを探すため、勝手の分からないリベリア公国の城下街を見学も兼ねて歩いていた。  そこで、ハルはリベリア公国の城下街の構造に気が付く――。  リベリア公国は温厚な気質の国王が治める国なためか、基本的に治安が良い。  そして城下街は大きく分けて――、三つの地域が存在しているようだった。  一つは、国の将軍であるミハイルの屋敷、ウェーバー邸など――、国に所縁(ゆかり)のある貴族や騎士の家系の者たちが暮らす閑静(かんせい)な高級住宅街。  そんな高級住宅街にある屋敷の中でも――、ウェーバー邸は飛び抜けて広い敷地と大きく立派な作りの屋敷なのが特徴的であった。  二つ目は、一般国民である者たちの暮らす郊外の地区。  こぢんまりとした家々が軒を連ねて立ち並び、干された洗濯物や軒下に吊るされた野菜などを目にすることで、人々の生活の営みが垣間見ることができた。  三つめは、商店などの立ち並ぶ商業地区。  日用品を扱う店や食材の店、鍛冶屋に旅人向けの宿屋など。同じ職種で規則正しく(まと)まりを作りながら店舗が様々に立ち並んでいる。  人の往来が多く――、一般国民の姿に混ざり、この国の騎士や兵士と思しき井出達の者たちの姿を見止めることができた。  その地区は、国の中で一番活気があり、そして賑やかな様子を見せていた。  さような三つの地域に囲まれるように、リベリア王城を背にして中央広場が存在した。  中央広場の真ん中には大きな噴水があり、噴水から噴き出している水飛沫が奏でる心地良い水音が辺りに響く。  周りには青々とした樹木が植えられており、国民にとっての憩いの場といった雰囲気であった――。    ◇◇◇  ハルは中央広場の噴水の前に立ち、辺りを見渡す。  料理番の青年が言っていた通りならば、ビアンカはこの広場にいるはずである。 「お、いたいた……」  一頻(ひとしき)り辺りを見渡し、ハルは樹木の(かたわ)らに置かれているベンチに腰掛けるビアンカの姿を見つけた。  しかし――、ビアンカの方は、ハルの存在に気が付いていないようだった。  ビアンカは自身の膝に肘を置き、両手で頬杖をついたまま――、ある一点をぼーっとした様子で眺めている。  不思議に思ったハルがビアンカの視線の先に目を向けると――。そこには、ビアンカと同じくらいの年頃の子供たちが楽しげに遊んでいる姿が目に映った。  子供たちは笑い声を上げながら楽しそうに走り回り、じゃれ合いをしている。  だが、その誰もがビアンカには目もくれず――、ビアンカだけがその場に一人、ぽつんと残されていた。 「……一緒に遊ばないのか?」  ぼんやりと子供たちが遊んでいる様を眺めていたビアンカに近づき、ハルは彼女に声を掛けた。  ハルの突然の声掛けに驚いたのか、ビアンカは肩を大きく揺らしてハルの方に顔を勢い良く顔を向ける。そして、声の主がハルだと気付いたビアンカは、どこかホッとした安堵の面持ちを見せた。 「一緒に遊びたいなら、自分から『一緒に遊ぼう』って声を掛けないと駄目だと思うぞ?」  ビアンカに諭すように言い、ハルもベンチに腰を下ろす。  ハルの口にした言葉にビアンカは俯き、両手を足の上に落としてスカートの裾を握るように拳を作った。 「前に、一緒に遊ぼうって言ったことあるけど……。みんな、『ミハイル将軍の娘とは遊んじゃいけない』って、お父さんやお母さんに言われているんだって……」  寂しげな声音で、ビアンカは絞り出すように呟きを漏らす。 「もし、怪我でもさせたら大事(おおごと)になるから、って。他の大人の人たちも言っているの……」 (――ああ、なるほどな……)  ビアンカの言葉を聞き、ハルは内心で思う。  “将軍の娘”であるビアンカと一緒に遊んで、万に一つでも怪我をさせたとなれば――。それは大きな責任問題になりかねない。それを危惧(きぐ)した大人たちは、敢えて自身の子供たちにビアンカと遊ぶことを禁じているのだとハルは察した。  リベリア公国への帰還の際、ミハイルが語っていた『市井(しせい)には友達になってくれる者がいない』――という言葉も、そういう理由なのだと。ハルは(りょう)する。  遊びたい盛りの年頃である少女に対して、随分と残酷な仕打ちだとは思う。  とはいえ――、国に所縁(ゆかり)のある立場にあるビアンカと、一般国民との身分差を考えれば、致し方ないことだというのもハルには理解できた。  相容れないものを排除して、保身を図るのが人の業であることを――。それをハルは知っている。 「――んじゃ、俺がビアンカお嬢様の“()()()()()()”だな」  不意にハルは少年らしい笑顔を見せ、ビアンカに言う。  突然のハルの言葉に、ビアンカはキョトンとした、呆気に取られたような表情を浮かべていた。 「……まさか、さっきミハイル将軍が言っていたこと、忘れたのか?」  当惑した様を見せたビアンカに、ハルは苦笑を浮かべて言葉を続ける。 「俺と“友達”になってやってくれって。ミハイル将軍が言っていただろう?」 「お友達……、初めての……」  ハルの言葉に、ビアンカは小さく反復の言葉を零す。  そして――、今まで寂しげな雰囲気を見せていたビアンカは、微かに嬉しそうな笑みを見せた。 「ああ、仲良くしような。ビアンカお嬢様」  いつかは別れの時が訪れることを、ハルは重々承知している。  だがハルには、何故だかは判らなかった――。孤独感をその小さな身に抱く、ビアンカを放っておけないという、庇護欲に近い感情が湧いていた。  友達になる――。  そのようなことを口にして、その反面で別れの時を考える自分自身も、ビアンカに対して酷い仕打ちをしていると。ハルは心の中で嘲笑(ちょうしょう)する。 「――ねえ、ハル……」 「ん? なんだ?」  ハルが気付くと――、ビアンカが真剣な眼差しで彼を見つめていた。 「お友達になってくれるなら、“ビアンカお嬢様”って呼ばないで。名前だけで……、“ビアンカ”って呼んで」  ビアンカの口から出た(ささ)やかな願い事に、ハルは再び笑みを浮かべる。 「ああ、分かったよ。――ビアンカ」  望まれた通りにハルが名前を呼んでやると、ビアンカは至極嬉しそうな笑顔をハルに向けていた。
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