おはなし会のお兄さん

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おはなし会のお兄さん

 今日も駆け足で校門をくぐり抜けた男子生徒が見えた。  後三分程で本鈴が鳴る。  真由は机に頬杖をつき、窓の外を見下ろしていた。    キーンコーンカーン……  前のドアと後ろのドアが開いたのが同時だった。 「今日もギリギリか、芝田」  一時間目の授業に来た教師が、毎回のことながら呆れた顔をする。 「おはようございます、先生!」  芝田と呼ばれた少年も、毎日の如く元気よく返した。  そう、こうして真由のクラスの朝は始まる。  件の彼、芝田勝人(しばたかつと)は、バスケ部に所属する、名前からしていかにもなスポーツ少年だ。毎日欠かさず朝練に参加し、周りから見たら爽やかな汗を流して、本鈴ギリギリに教室に駆け込むという日々を送っている。練習している体育館が道路を挟んで向こう側の敷地にあるため、窓からは校門をくぐる彼が見えるのだ。  真由は隣の列の前方の席に座る芝田をぼんやりと目で追ったが、すぐに一時間目の教科の教科書とノートを開いた。 (運動部は大変ねえ……)  真由は運動が苦手だ。高校二年のこの年まで。さらに言うと、いかにも運動バカの塊と言わんばかりの芝田も苦手だった。  真由は月に三回程、近くの公共図書館でボランティアをしている。主に図書の配架整理や企画の飾り作りの手伝いだが、たまに「おはなし会」に来て読み聞かせなどをするボランティアさんたちの準備の手伝いもする。  その日は丁度「おはなし会」の日だった。 「今日はね、真由ちゃんとかわらないくらいの子たちが来てくれるのよ」  馴染みの図書館員さんが教えてくれた。聞けば「読み聞かせ」をしている学生ボランティアのグループらしい。同じ年代の子たちがするということで、少し興味が湧く。  「おはなし会」は児童図書コーナーの奥の読書室で行われるのだが、始まる三十分程前から準備が始まり、裏手の方では話し手たちが軽く打ち合わせリハーサルをする。  返却図書を棚に配架しながら、リハーサルの話し声が聞こえてくるのに耳を澄ます。「おむすびころりん」のテンポ良い楽しげな声がする。こちらまでうきうきしてきた。 (おむすびころりん、すっとんとん)  心の中で、口ずさむ。  始まったら少し見学したいなと思った。  いよいよ時間を迎え、予定通りボランティアで来ていた女の子三人、男の子二人の「おはなし会」が始まった。メインは「おむすびころりん」のエプロンシアターだ。  幼児から小学生低学年くらいの子どもたちが、期待に顔を輝かせて待っている。子どもたちの後ろには親も座って見学している。  初めに女の子二人による手遊び歌。子どもたちも一緒に参加する。まるで保育園の一場面を見ているようだった。 (上手いなあ。子ども好きなんだろうなあ)  惹き付け方が、上手い。高校生の真由まで楽しくなってくる。  その後、いよいよ「おむすびころりん」が始まった。エプロンを付けて前に立つのは、一人の男子。 「え、あれ?」  真由は目を見開いた。 「おむすびころりん、すっとんとーん」  ノリノリで楽しげに歌う彼は、手を動かしながらエプロン劇を進めていく。時に横から他のメンバーが声掛けを行ったりし、話はリズムよく転がって行った。 「あの子ノリノリねえ」  図書館員さんにそう声をかけられ、やっと我に返った。 「あ、はい……」 (ていうか、あの人)  真由はわずかに眉間に皺を寄せ、子どもと一緒にまだ歌い続けている男の子を見た。 (間違いない)  彼は――あの、芝田勝人だった。 「おはなし会」は盛況に終わり、後片付けは真由も手伝うことになった。  顔を合わせたくなかったが、仕方がない。真由はため息を押し殺して、子どもたちが去って行った読書室に入った。メンバーは自分たちの使った物をテキパキと片付けながら、今日の感想を言い合っていた。  真由は図書館員さんと一緒に敷物やイスを片付け始める。 「あ、やっぱり高橋だ」  端に置かれた本を拾い上げた時、真由の前に影が落ちた。ついに気付かれたようだ。  顔を上げると、芝田がにっかり笑っている。 「……こんにちは。見事ノリノリだったよ」  真由はとりあえず感想を述べた。 「マジで? でもお前に見られてたと分かるとちょっとハズいな」  芝田は少し困ったように眉を下げた。 「確かにあんたと読み聞かせは意外だったわ」 「ほら、そう言うだろー」  彼は軽く拗ねたように言う。 「こう見えて俺は結構、読書好きなんだぞ。絵本とか紙芝居とか、読むのも見るのも好きだ」 「へえ……」  意外だ。とてもウソを言っているようには見えず、真由は改めて目を見開く。 「高橋は何? バイト?」 「ボランティアよ」 「そーなんだ。でも高橋はイメージ通りだな」  どんなイメージだ、と思った時、片付けを終えた他のメンバーが芝田を呼んだ。これから図書館側に挨拶に行くのだろう。 「じゃ、またな」 「うん、お疲れ」  芝田が手を振って踵を返しかけ――「あ」と思い出したように顔だけ振り返る。何だ。 「俺がノリノリだったこと、学校の皆には内緒な」 「は?」 「言うなよ、恥ずかしいから!」  芝田は念を押し、今度こそ背を向け部屋を出て行った。  あれだけノリノリな姿を見せておいて、何を今さら。真由は首を傾げつつ、再び書架整理に取り掛かった。
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