熱血スポーツ少年の彼

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熱血スポーツ少年の彼

 彼は相変わらずチャイムと同時に一時間目の教室に飛び込んでくる。いつものように呆れる先生に元気よく挨拶を返し、クラスの皆も「またかー」と笑っている。  真由もまたそんな彼を横目に、マイペースに準備をして授業に臨む。  向こうが話しかけてこないのだから、こちらも話しかけることはない。用が無い。 「芝田―、土曜試合でしょ。ゴール期待してるよ」 「えー、プレッシャーやめてよ」  芝田はいつもの男女混じったメンバーに囲まれて、楽しそうに雑談に興じている。  真由は窓際の席で、流れてくる声をスルーしながら文庫本を開いていた。ふと開け放した窓の外に視線をやる。上方には青い空が、下方には正門が見える。 「あ」  丁度正門に駆け込んできた人影があった。一度立ち止まり肩で息をして、また校舎へと走って行った。もう二時間目が始まる。大幅な遅刻だ。  笑っては悪いが頬を緩ませて彼を見送る。ふいにその姿が、毎朝の誰かサンのそれと重なった。 (ギリギリに駆け込んでくるのって、どんな気持ちなんだろう……まあ、やりたくないけどね)  だいたい真由の場合、思いきり走ってもアウトのような気がする。 (いいなあ、足速いのって)  熱血スポーツ系が苦手だと言っておきながら、実は羨ましくてたまらなくもあるのだ。  六時間目が終わって、今日も図書室へ行こうかと思って鞄を机の上に置いた時だった。 「高橋」  誰もいなくなったはずの教室に、彼の声が響いた。  教室の後ろのドアに腕を組んで寄りかかって、窓際にいる真由を見ていた。  こうして話すのは、一週間ぶりくらいだろうか。 「何か?」  真由が首を傾げると、芝田は「ああもう」と額に手を遣った。 「何でそんなそっけないの」 「は?」  意味が分からない。真由が訝しげな表情を浮かべると、芝田はゆっくりこちらに近付いて来た。 「本、決めたよ。二冊ともやる」 「そう」  わざわざその報告をしに声をかけてきたのだろうか。 「来週の日曜日、近くの児童センターでやるんだ」 「うん」 「お前も見に来ないか?」 「え?」  真由はポカンとして芝田を見つめた。彼はふいと顔を背け、言い訳のように付け加える。 「お前が選んだ本だし!」 「あんたが選ばせた、の間違いでしょ」 「ああもう、そうじゃなくって! てかお前は何でいちいち口を挟むんだ!」  芝田は一人、頭を抱えて喚く。八つ当たりされている真由としては微妙な気分だ。  彼は一体何を言いたいんだろう。 「――つまり、あんたは私に見に来てほしい、と?」  真由が言うと、芝田は途端にじっと大人しくなった。そして、俯き加減に小さく呟く。 「まあ……そう、です」  来週の日曜は何かあったっけなと考え、不幸か幸いか特に用事が無いことが判明した。  仕方ない、本を選んだこともあるし、彼に付き合ってやろうか。  真由は芝田を見、彼がまた小学生の子どものように見えるのに苦笑した。 「分かった、行こう」 「ホントか!?」  芝田が勢いよく顔を上げる。ますます子どもだ。真由は困ったように眉をしかめた。  そんなに喜ぶことなのだろうか。 「まああんたのパフォーマンスは惹き込まれちゃうから、見てて楽しいしね」  言い訳をするように、ほんの何気なく言っただけだった。だが、 「……芝田?」  彼は黙ったままで、顔の前に腕を遣って隠した。一体何だ。  全く意味が分からない真由をよそに、芝田はくるりと背を向けた。 「お前、意味分かんねぇ」 「それ、そのままそっくりお返しするわ」  分からないのはこっちだ。いきなりどうしたのだ。 「とりあえず、来週の日曜だからな!」  芝田はそれだけを言い置き、慌しくバタバタと行ってしまった。  本当に、訳が分からない。  真由は少しの間その場所で呆然としていたが、やがて図書室に行くことを思い出した。 「芝田すごいねー」 「いつもはバカっぽいけど、バスケやってる時はカッコ良い」  その日の体育の時間は、先生の都合で男女とも体育館だった。半分を女子がバレー、男子がバスケに使っていた。  試合ができるコートは二つしかないため、審判に当たらない限り端に座って観戦することになる。そしてそのほとんどの女子は、ネットで仕切られた向こう、男子のバスケに目が行っている。男子の方もチラチラと女子のバレーに視線が彷徨っていた。  真由は女子たちの会話を耳にして、何気なくそちらを見た。  今男子のコートで一際目立っているのは、あの芝田だった。もちろん他のバスケ部員や、運動神経の良い人はたくさんいるのだが、生き生きしてる姿は目に眩しい。 (やっぱりそうやって体動かしてる方が似合ってんじゃないのよ)  心の中で呟く。ジャージを着てコートの中を駆け回り、仲間からパスを受けて目の前の相手を突破、そしてゴール。鮮やかな一連の動きが注目を集める。あそこまで動けたら、本当に楽しいだろうなと思えた。  あのエプロンを付けて「おむすびころりん」を歌っていた人物とはとても思えない。真由が選んだ本を、真剣に熟読していた彼を想像できない。 「はは、すっごいギャップ……」 (そりゃあ皆に黙っててほしいと思いたくもなるか)  別に言ったところで笑われることもないだろうにと思っていたが、確かにイメージの破壊力はありそうだ。しかしそんなギャップがまた人気の要素になるかもしれない。  ゴールを決めた芝田が額の汗を拭い、ふとこちらに視線を向けた。 (あ)  一瞬、目が合ったような気がした。芝田が目を見開いてふいと横を向く。そしてその後、珍しく顔面にボールを受けた。 「ちょっ、おい! 芝田! 何やってんだ!!」  仲間からのブーイングが飛ぶ。女子たちが「キャー」と喚く。  真由も呆れた顔で彼を見遣った。 (折角少しはカッコ良いと思ったのに……何やってんだか)  いくら運動音痴の真由でも、顔面キャッチはしたことがない。 「見事な顔面キャッチ」  真由は後ろのゴミ箱にゴミを捨てに来た芝田に言った。  彼は真由から声をかけられたことに一瞬きょとんとして、しかしすぐに頬を赤くした。 「……っ、だって、お前が……!」 「私が何なのよ」  まさか私のせいにするつもりか? 真由は怪訝そうな表情を浮かべる。 「……見てたとは思わなかったから」 「あれだけ目立ってたら目が行くでしょ」  真由の言葉に、芝田は気まずそうに目を逸らす。 「まさにスポーツ少年って感じで、イメージ通りだったけど」 「……嫌味?」 「いや? 私にはとてもまねできないカッコ良い活躍だったけど」  そう、少しうらやましかった。あんなに動けたら、もっと楽しいだろうにと思ってしまった。  芝田が信じられないようなものを見る目で真由を見つめた。 「高橋が素直だ。気持ち悪い」 「! 失礼な!」  真由は我ながら、らしくないことを素直に言ってしまったと後悔した。その意趣返しに、 「とても読み聞かせのおにーさんとは思えなかったわ」 「! お前、それ!」  芝田が焦った顔になる。そこまでバレたくないものなのか。  真由には分からないが、別に心配しなくても誰かに言うつもりはない。  鞄を持って席を立った真由に、芝田は「そういえば」と思い出したように言った。 「お前はやっぱりイメージ通りだな」 「は?」  前にも言われたが、それは一体どんなイメージなのだろう。 「バレーでもバスケでも、今度一緒に練習付き合ってやるけど?」 「……結構よ」  思わずの反撃に真由は口を噤んだ。芝田がどこか楽しそうにククと笑う。それがまたイラッとする。 「あーでもオレ本気でお前にスポーツやらせたいかも」 「冗談」  それでも一瞬、ほんの一瞬、こいつとやるスポーツは楽しいかもしれないと思ったのは内緒だ。 (……熱血は勘弁)  真由は微かに笑い、鞄を持って教室を出た。
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