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都心の、ハイグレードのホテル最上階、スイートルームに父はいた。
「ったくよ、日本に帰るならうち泊まれよな、親父」
ボーイに案内されて部屋に入るやいなや、滉は悪態を吐いた。
「今回は仕事で戻っただけだ。あの田舎では仕事にならん」
父、健人は滉の態度など気にする素振りもない。
自宅を〝あの田舎〟呼ばわりかよ。
内心で吐き捨てた滉は、ソファに腰を下ろし、父を眺めた。
父はスイートルームのデスクで執務に余念が無い。
手を休ませるのは諦め、滉は話し始めた。
「親父、なんであんだけのキャリアのある兄貴に地方大学の校医の口利きをした?」
「ああ、貴臣な」
父は仕事を続けながらも滉の問いに対応する。
「貴臣にはそこでちょっと調べて欲しい事があったから、俺が行くよう頼んだ。アイツは能力は高いが出世欲がないからな、二つ返事で引き受けてくれた」
「なんだよ、兄貴マジで出世欲ねぇんだな」
調べて欲しい事、とは何か少し気になったが、自分には関係の無さそうな事だと滉は受け流した。
「楊、リハビリ死に物狂いで頑張った甲斐あって、今朝退院したぞ」
ここで初めて、父の手が止まった。
顔を上げないまま手を止める父から、微かに安堵の気配を感じ取った滉の胸が僅かだが熱くなる。
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