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地方都市の郊外に広大なキャンパスを持つ学園へは、最寄りの駅からスクールバスが出ていた。
朝、電車を降りた学生が駅から停留所まで流れる人の波を作り、バスは毎朝、満員になる。
満員のバスの後方に、周囲から頭一つ抜きん出て背の高い美貌の男性が吊革を持ち立っていた。
「だれ? 引くくらいカッコ良いんですけど」
「学生?」
「違うでしょ」
「あんなイケメン、一度見たら忘れないよ」
「今年から来た講師とか?」
乗り合わせた学生達は何度も何度も盗み見、囁き合っていた。
後方で吊革を持って立つ貴臣は、明日からは車にしようと、ため息を吐いた。
バスの所要時間は二十分。
短いとは言えない微妙な時間、貴臣は車窓を見てやり過ごそうと視線を動かした時だった。
揉みくちゃになる人混みの中に、明らかに顔色の悪い女がいた。
バッグを抱き締め、何かに耐えるように口を引き結んでいる。
肩を竦め息を吐いた貴臣は、スッと手を伸ばした。
「こっちに」
手を掴まれ、人の間を縫って引き寄せられた彼女は、驚き、顔を上げた。
視線が合った時、バスの揺れが二人の身体を密着させた。
「……ありがとう、ございます」
涙を溜めた黒い瞳が、貴臣を見上げていたーー。
Fin.
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