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急接近?
彼から言われた後、出来るだけ彼を見ないように努力した。
いつも無意識に視線を向けてしまっていたけれど、意識して見ないようにする。
だけど同じ学校の同じ教室にいるだけに、どうしても視界の隅に入ってしまう。
それでも見ないように、ストーリー作りに集中していたのに……。
「麻野、ちょっと良いか?」
放課後、部室に向かおうと教室を出た後、担任に声をかけられた。
「はい、なんでしょう?」
振り返って、僕は驚いた。
担任の後ろには、僕から顔を思いっきり背けた彼がいたからだ。
「ちょっと時間がないか? 話したいことがあるんだが…」
50を過ぎた担任は小太りの男性で、でも愛嬌があって優しい。
その担任が気まずそうな顔をして彼を連れていて、しかも僕を呼び止めるんだから、何かあるんだろう。
「はい、大丈夫ですけど…」
僕達三人は、誰もいない生徒指導室に入った。
「実は、な。二週間後に試験があるだろう? それまで龍雅に勉強を教えてやってくれないか?」
「えっ? 僕が彼に?」
生徒指導室には一つの机と、四つのパイプイスがある。
僕は向かいに座る担任と彼の顔を見比べた。
「そっそんなに彼…龍雅くんの成績、危ないんですか?」
「危ないなんてものじゃない。いっつも赤点だ」
「んなっ!?」
瞬時に彼は顔を真っ赤にして、担任を睨み付ける。
けれど本当のことらしく、担任はひょうひょうとした態度のまま。
「それで毎回補習だ。他の教科担当の先生方にも、少し睨まれていてな。何とかしたいところだが、試験前では流石にワシが教えるわけにもいかないんだ」
「まあそうでしょうね」
「それで、だ。学年でもトップ3に入るほど成績の良い麻野に、頼みたいんだが…」
「えっ!? コイツ、そんなに成績良いの?」
知らなかった彼は、心底驚いた顔をして僕を指さす。
「お前、いつも廊下に貼り出された順位見ていなかったのか?」
担任が彼の腕を叩きながら説明する。
「麻野は入学してからずっと、3番以内だ。1番になったことだってあるんだぞ?」
「ウソっ!?」
…僕ってそんなに頭悪そうに見えるんだろうか?
「点数はお前の4~5倍だ。教えてもらうには勿体無いぐらいの先生になるぞ?」
「ううっ…!」
唸り苦しむ彼を見て、僕は首を傾げる。
「でも先生、赤点を取ってても今までは大丈夫だったんですよね?」
「そりゃあ補習受けているからな。だがずっとこのままでは流石に進級も危ぶまれる」
「出席日数は良いんだぞ!」
「自慢になるかっ!」
がんっ!
「いたっ!」
…ああ、とうとう鉄拳制裁が。
でも確かにウチの学校、出席率が良い。
ウチの高校は私服で、アクセサリーなども良いとされている珍しい学校だった。
しかしその分、勉強や運動、部活動には厳しく有名だ。
ある程度の成績をおさめなければならず、マンガ研究会だって良い成績を残しているからこそ、周囲から白い目で見られずに済んでいるぐらいだった。
「それに麻野は運動だってできる。運動部にも何度も勧誘されるぐらいに、な」
そう言われると照れるな。
「まあもっとも、存在が地味だからあまり目立たないがな」
…それは余計です。
「じゃあボクが知らなくたって、不思議じゃないか」
彼は彼で納得した顔をしているし…。
「アホ。お前は同じクラスなんだから、少しは気にかけろ」
「だぁって地味だし、目立たないし」
……確かに教室にいる時は、大人しくしている。
だから彼に物珍しい物でも見るような眼で見られても、しょうがないと思う。
「地味だけど派手ってヤツだな。マンガ研究会でもストーリー部門で好成績をおさめている。龍雅、お前とは全く正反対だ」
「…それってボクが見た目だけで、中身は地味ってこと?」
「地味ってほどじゃないが…。勉強はできない、運動もそこそこ、成績は底をつく。そういう意味で麻野とは反対だって意味だ」
「ご丁寧にどうもっ!」
怒っている彼と、呆れた顔をする担任。
僕は話の流れを変えることにした。
「あの、それで教えるとしてもいつから…」
「ああ、そうだな。麻野は部活で忙しいだろうから、試験一週間ぐらい前からでどうだ?」
確かに試験一週間前になると、部活は全て休止状態になる。
部室も顧問の先生が鍵をかけ、中には絶対に入れなくなる。
「そう…ですね。じゃあ一週間前からと言うことで」
「おいっ! ボクを抜かして話を進めるな!」
どんっ!と机を叩き、彼は怒りを現す。
「お前に拒否権はないぞ? 留年、したくないだろう?」
「ぐっ!」
冷ややかな担任の視線と言葉に、彼は顔を真っ赤にして言葉に詰まる。
「と言うことだ。頑張って麻野から教われ。麻野、スマンが頼む」
「分かりました。それじゃあ…龍雅くん、これからよろしく」
彼に向かって微笑みかけたけれど、彼はぷいっと横を向いてしまう。
「お前は小学生か? 教わる相手に対しての態度を取れ!」
ぎゅう~
「いだだだっ!」
あっ、痛そう。
担任に頬を思いっきりつねられた彼は、渋々僕を見る。
「…よろしく、麻野」
…はじめて名前を呼ばれた。
思わず胸が熱くなるけれど、一度歯を強く噛んで、そのことを知られないようにする。
「…うん、よろしく」
――こうして彼と僕は急接近することになった。
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