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二人っきりの勉強会
試験一週間前になると部活は全て休止状態になる為、生徒達は授業が終わると図書室に向かったり、真っ直ぐに帰ったりする。
僕と彼は別々のタイミングで教室から出て、生徒指導室に向かう。
まず僕が先に入って待っていると、五分後に彼が気まずそうな顔をしながら入って来た。
…彼としては、複雑そのものなんだろうな。
ちょっと前に、『気持ち悪い』と告げた相手に勉強を教わらなくちゃいけないんだし。
だから僕はこの一週間、ちょっと考えていた。
彼がイスに座るのと同時に、その考えを口に出す。
「あっあのね龍雅くん、もし僕に勉強を教わるのがイヤだったなら、アキちゃん…じゃなくて! 石津彰人くんに教えてもらう?」
「石津? 石津って隣のクラスのか?」
アキちゃんの名前を言うと、途端に彼の眼がつり上がる。
ただでさえ猫のように大きくてつり上がり気味の眼が、不機嫌そのものになると、ちょっと怖い。
「うっうん…。彼、いつも試験じゃ1番か2番で僕より上だし、勉強教えるの上手だよ?」
「イヤだっ!」
思いのほか、早い即答だなぁ。
「何で?」
「アイツ、ボクより目立つ」
…それは分かるような気がする。
アキちゃんの方が地味派手と言えるタイプ。
でもアキちゃんは目立とうとは思わなくても、目立ってしまう。
彼は目立とうと思って、目立てるタイプだからなぁ。
「お前、よく石津と一緒にいるよな?」
トゲトゲしい言葉と視線が、僕に向かってきた。
「うっうん。アキ…トくんとは幼馴染だし、家が隣同士だから」
「だから二人してオタク趣味なのか」
「まっまあね…」
別に悪いことじゃないけれど、ちょっと後ろめたい。
「でもボクはアイツとお前だったら、お前の方が良い。アイツに教わるなんて絶対にイヤだ!」
…アキちゃん、良い人だけど。
「そう…。じゃあ僕が教えるね。まずどの教科からやろうか」
コレ以上、アキちゃんの話題は危険だと感じた僕は、カバンから参考書を取り出す。
その後は一応大人しく勉強会は進んだ。
彼は唸りながらも、真面目に勉強を教わってくれる。
まあ確かにちょっと飲み込みは悪いかもしれないけれど、でも一度コツを掴めば驚くほど考える。
この高校に入れただけはあるんだな、などと失礼なことを考えてしまう。
勉強会は夕方5時半まで。
学校が六時には閉まってしまうので、それまでとなる。
「とりあえず宿題も作ってきたから、明日までやってきてね」
「げっ! …お前って大人しい顔して、結構厳しいよな」
それでも渋々とノートを受け取ってくれるあたり、一応勉強を教える人として信用してくれたみたいだ。
「でも龍雅くんって勉強苦手みたいだけど、やり始めると集中力があるから大丈夫みたいだね。この分なら、赤点も逃れられるよ」
「そっそうか?」
「うん」
力強く頷いて見せると、彼は嬉しそうに笑う。
「良かったぁ。流石に留年なんてカッコ悪いしさ」
…そこまで思うなら、アキちゃんに教えてもらったほうが良いと思うけど。
「でもお前も勉強教えるの、上手いよな」
「そっそう? でもいつもはアキちゃんに教わってばかりだから…」
「アキちゃん?」
はっ! …言ってしまった。
彼の眼が再びつり上がる。
…きっと誰のことか、分かってしまったんだろう。
「えっと彰人くんのこと…だけど」
声がどんどん小さくなっていくのは、彼の発する空気が暗く重くなっていくせいだ。
「…ふぅん。高校生にもなってそんな呼び方しているなんて、気持ち悪い」
ぐさっ!
こっ言葉の刃が胸に突き刺さった。
しかも『気持ち悪い』って言われたの、二回目だし…。
彼は勉強道具をカバンに入れると、とっとと生徒指導室を出て行った。
…きっとこの勉強会が終わったら、また前のように口もきいてもらえないんだろうなぁ。
……でもやっぱり、『アキちゃん』って呼び方は変えた方が良かったかも。
ずっとこの呼び方だったけど、彼の言う通り、男子高校生を呼ぶものじゃないよな。
『そんなの、気にすることない』
家に帰ってからアキちゃんに電話でそのことを告げてみると、あっさりと却下された。
…このスッパリ感、彼とアキちゃんって案外似ている気がするんだけど…。
『俺もタクもこの呼び方できたんだ。まあお前が気になるなら、人前では気をつけたらどうだ?』
「う、ん…。一応気をつけてはいたんだけどね」
勉強を教えるのに夢中になって、ボロが出てしまった。
彼が心を許してくれていると思ったら、つい…。
『まっ、そんなの龍雅に言われる筋合いもないしな。勉強会が終わったら、そんなことも言ってこないだろう』
まあそうだろうね。
…でも彼が声をかけてくれなくなることに、僕は少なからず寂しさを感じていた。
『ああ、そうそう。部長がな、お前が休止前に提出したプロットを見て、気に入ったらしい。早速試験が終わったら、ストーリーにしてくれってさ』
「あっ、そう? 分かった」
ちなみにアキちゃんは2年生ながらも副部長なので、3年の部長とはよく話をするらしい。
『まっ、無理せず頑張れよ。何かあれば、また相談に乗るし』
「うん、ありがとう。アキちゃん」
そこで電話を切って、僕は試験勉強を始める。
彼に教えといて、順位が下がるなんて真似はしたくないし。
「それにしても…」
いつも見ていて分かっていたことだけど、彼は本当にはっきりと物を言う。
アキちゃんもそういうタイプだけど、彼は…気を使わないタイプだし。
近付けば傷付けられる。
だけど意識せずにはいられない。
猫のような気ままな彼と、僕ってやっぱり相性が悪いのかな?
「っていけない! 真面目に勉強しなくちゃ!」
彼のことばかり考えている場合じゃない。
いくら彼と二人っきりで、勉強会をしているなんて、オイシイシチュエーションになったからと言って……浮かれている場合じゃないよ、本当に。
…でも一応彼は勉強できる僕に一目置いてくれているみたいだし、これ以上、嫌われない為にも頑張ろう!
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