突き刺さった彼の言葉

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突き刺さった彼の言葉

「あのさ、もうボクのこと見ないでくれる? 気持ち悪いよ」 「えっ……」 突然言われた言葉に、僕はただ、眼を丸くするしかない。 「気付かれていないと思ってた? あんなに毎日、いっつもボクのこと見ていたのに」 目の前にいる彼は、とてもイヤそうな目付きで僕を見る。 「えっと…あの……」 何か言わなくてはいけないのに、言葉がのどに詰まって出てこない。 「悪いけどボク、お前みたいな趣味の持ち主って好きじゃないんだ。だからもう、ボクのこと見るなよ!」 そう言い捨てて、彼はこの場から走り去って行った。 残った僕は、ただ呆然とするしかない。 「気付かれ……てたか。当たり前、か…」 ガーンガーン…と、除夜の鐘が僕の中で鳴り響く。 「はあ…。僕だってわざと見ていたワケじゃないんだけどな」 ただ気付けばいつも見てしまっていた。 無自覚の内に、彼の姿を追い求めてしまっていたのだ。 「はあ……」 僕、麻野あさの拓海たくみと、彼、龍雅りゅうが翔しょうは同じ高校2年で、同じクラス。 だけどタイプは全く違う。 僕は世間で言うところのオタク趣味。 部活もマンガ研究会に入っていて、バイトも趣味の関連で古本屋に勤めている。 バイト代のほとんどが趣味で消えると言っても過言じゃない。 だから自然と僕の友達も、僕と似たような趣味の持ち主ばかりだった。 でもみんな優しいし、彼が言うようなタイプじゃない……と思う。 彼は多分、僕達に良い印象を持っていないんだろうな。 一方彼は、派手なタイプだった。 性格も外見も華やかで、友達もそういうタイプが多い。 バイトはモデルをしていて、いっつも大勢の人に囲まれている。 オシャレとか流行物に興味を強く持っていて、外見にも気を使う。 彼の友達もきっと、僕達にはあまり良い感情を持っていないだろうな…。 正反対のタイプのせいか、お互い結構深い溝ができているし。 だけど何故か僕は彼に惹かれた。 いっつも楽しそうに、明るく朗らかに笑う彼から、眼が離せなくなっていた。 「だけど見ているだけで、気持ち悪いと言われちゃなぁ…」 がっくり項垂れるしかない。 「ん? タク、何しているんだ?」 「ああ…アキちゃん」 暗雲を背負う僕に声をかけてきたのは、幼馴染の石津いしず、彰人あきと。 ちなみに僕が今いる場所は、校舎の裏側。 今週は掃除当番で、教室のゴミを捨てに来た時、たまたまこちらに歩いてきた彼に真正面から言われた。 「まだゴミ捨ててなかったのか? さっさと捨てて、早く部活に行くぞ」 アキちゃんは僕の手からゴミ袋を取ると、さっさとゴミ捨て場に置いた。 アキちゃんは家が隣同士で、昔っから仲が良かった。 そのせいか見た目は和風の美青年なのに、趣味は僕と同じだった。 …なので何度女の子達から睨まれ、恨まれたことか。 アキちゃんは今まで何度も女の子達から告白されているのに、 「趣味のことで忙しいから」 と断ってきた。 「どうしたんだよ? 魂が抜けた顔をして」 …アキちゃんだったなら、彼もああいうこと、言わなかったのかな? アキちゃん、背も高いしカッコ良いし、メガネ男子って今人気高いし。 「おい、タク」 「あっ…ああ、うん。何でもないよ。早く部活に行こう」 僕はアキちゃんの手を引いて、校舎に向かった。 部室は特別棟にあって、マンガ研究会は二階の端にある。 「こんちわ~」 「…こんにちわ」 アキちゃんと僕が入ると、中にいる部員達が気軽に声をかけてくれる。 ウチの部は上下関係が厳しくなく、ゆったりとしているのが良い。 ちなみに活動内容は、マンガを実際に描いて投稿すること。 だけど全部一人ではやらない。 部活動なので、マンガを作る作業を部員達で分担しながら一本の作品を作り上げる。 それで結果が出たら、先生達に報告する。 ウチの部はなかなか良い成績を出していて、高校在学中や卒業後にマンガ家デビューする人もいるぐらいだ。 僕はストーリーの方を、アキちゃんは絵の方を担当している。 月に何本かストーリーを書いて、部長に提出して、良いものだけをマンガにして書いてもらう。 マンガが賞を取れば、賞金や賞品が出て、部の為になる。 だからちゃんとしたストーリーを考えなければならないのに…。 「はあ…」 部に置いてあるノートパソコンを起動させても、重く深いため息がでるばかり。 「タク、スランプか?」 「うっうん…。まあそんなとこ」 僕の隣では、アキちゃんが絵の練習を始める。 数日前に作品を一つ投稿して、次の賞の締め切りまでまだ時間があるので、今はゆっくりできる時間だった。 部員のみんなも、持ち込んだマンガを読んでいるし…。 僕も無理せず、パソコンを開かなくても良いんだけど…。 「次に投稿するのは恋愛ジャンルだからな。タクはファンタジーとか得意なんだから、無理せず書かなくてもいいんじゃないか?」 確かにアキちゃんの言う通り、僕は見るのも書くのもファンタジーが好き。 だけど問題はそういうことじゃなくて、彼のこと…なんだよ。 「うん…。まあ適当にネタ探しとく」 「ああ」 アキちゃんは深く追求したりしないのが、良い。 あっさりとした性格だから、付き合いやすいし。 …でも彼は違う。 いったんダメだと思ったものは、絶対にダメ。受け入れない。 それはずっと見ていた僕だからこそ、分かる悲しい真実。 でも見てはいたけど、別に後を追ったり、隠れて写真を撮ったりはしていなかったんだけどな。 ……流石にオタクでストーカーはヤバイと、心の声が聞こえたから。 僕は好きなアニメのサイトを見ながらも、心が浮かない。 「…ふう」 「まるで好きなアニメの最終回を見た顔だな」 …どこまでもオタク思考なのが、ちょっと悲しくなるよ、アキちゃん。 「まあ…似たようなものかな?」 実際、終わった。 彼にピリオドをうたれてしまったんだから。 「相談なら乗るぞ?」 「う…ん」 流石に全部は話せないけど、ある程度濁せば大丈夫かな? 「アキちゃんは、さ。ずっとある人から見られていたら、気持ち悪いと思う?」 「思う」 …今の返答、絶対に1秒もかからなかった。 アキちゃんは絵を描く手を止めないまま、その理由を語りだす。 「俺は見られるタイプだが、何も言わずに見られているのは正直、気持ち悪い。はっきりと見ている理由を言われた後ならば、多少は緩和されるが」 緩和……そう言う言葉もどうかと思うけど。 「じっじゃあもしアキちゃんのことが好きな女の子がいて、ずっと見ていたら?」 「同じことだ。まあ告白された後にも見続けられるのならば、理由が分かっているから気持ち悪さも薄れるだろうがな」 ……それでも気持ち悪さが全部無くなることはないんだ。 僕の場合…逆に気持ち悪さが倍になるんだろうな。 彼の嫌いなタイプだし、……男、だし。 「そういうストーリーでも考えていたのか?」 「へっ? …ああ、うん。最初は見続けているところから、はじまる恋愛ってどうかな~って思って」 僕はつい誤魔化す為に、弱々しい笑みを浮かべながら言ってしまった。 けれどアキちゃんはふと手を止め、顔を上げて悩む顔をする。 「…うん、ちょっと古い演出かもしれないが、純愛っぽくて良いかもしれない。下手にドロドロした恋愛模様よりも、甘酸っぱい感じがウケるかもしれないな」 ――アキちゃんは真面目に考えてしまった。 でも確かに純愛系ならば、僕でも書けるかもしれない。 今時の修羅場の多いシーンって苦手だったから、書けなかったけど…。 「じゃあ僕、そっち方面でストーリーを書いてみるよ!」 「頑張れよ。俺はお前の書いた話で、絵が描きたいんだからな」 アキちゃんが優しく微笑んでくれたので、僕は嬉しくなった。 「うん! よぉっし! 早速書き始めるぞ!」 僕は彼に言われたショックを和らげる為に、改めてストーリー作りを始めた。
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