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姉を思うと、これしか浮かばなかった
姉の就職祝いに実用的なプレゼントを用意しようと、家族で極秘に打ち合わせを行い、たくさん候補があるなか、最終的に残ったものは、どれも彼女の事をよく知っているからこその物だった。
姉は腐女子だ。腐女子という言葉を知らない人は、ぜひ、ネットで調べて欲しい。共感できる人もいれば、できない人もいる。でも、自分の趣味を否定されるというのは、傷つかないとは言い切れない。第一、人に押し付けることもせず、みんなが過ごす部屋に無造作に置くことのしない、無害に近い趣味だ。これに関連するアイテムなら喜ぶだろうと考える。
二つ目。彼女は趣味を充実させるために自分の事に関して、とことんお金を使わない傾向にある。そして、少しでも、節約し、その浮いたお金で己の城を満たすのだ。我が家のお小遣いシステムは、働いて支払われる。人が嫌う仕事をすればするほど、高額に支払われるため、姉は日々、稼いでいる。父親の小遣いが三千円の所、彼女は5千円稼いでいるのだ。
ただ、そんな彼女にも、苦手なことがある。それが、寝起きの悪さだ。
それに気づいた親は2年に一度の割合で彼女の誕生日プレゼントに目覚まし時計を送っていた。効果的とうたわれた方法は取り入れるけれど、今のところ、役だったことがないのだ。家族の誰かに布団を引っぺがされ、頬を叩かれても目覚めない彼女を見て、さすがにまずいと思ったのは、自分だけではないと思う。
「なぁ...。もしかして、ねーちゃんが起きるのって、金に関係するのがいいんじゃね?」
俺がそういうと、父親は難しい顔をして
「…でも、父さんの給料じゃ、これ以上...無理」
父さんは、俯いたままそう答えた。別に父さんの給料が少ないのではない。
「でもさ、「金」に関わるんじゃ、やっぱり金がいるんじゃね?」
双子として生まれた俺の兄貴が、容赦ないツッコミを入れる。
あぁ...父さん、プルプル震えてるよ。涙を溜めて。
「こら、父さんをいじめないで。 いいじゃない、別にお金がなくったってー。 ねぇ、あ・な・たっ!」
母さんのウインクに父さんが頬を染めている。
うん、ここは無視することが一番だろう。
「でもさぁ...。あたしが知ってる情報だと、ねーちゃんの会社って、早番とかっていう朝、早く会社に行かなくちゃいけないらしいんだよね。」
―!!!
「「「...マジか」」」
妹が語ったことに対し、みんな顔を引き攣らせていた。
朝の忙しい時に30分以上かけて姉を起こしているのに、早朝の出勤を考えたら、絶対に、無理に決まっている。すぐに使い物にならないと首を切られるに違いない。
みんな同じことを考えていたようでさっきよりも、まじめに悩み始めた。
「...そういえば、ねーちゃんって、あの番組好きだよな?」
兄の言葉に皆が?っと顔に浮かべた。
「あの番組って何? ねーちゃんって、アニメしか見ないじゃん。」
俺が言うと、
「あらー。あんた、一つだけあるじゃないっ! 休みの日のお昼に再放送されてるアレ。」
母がクスクスと笑いながら父さんをなでなでしている。
―!!!!!
「あぁ...あの、お宝を鑑定する奴ね。」
妹の言葉に頭に浮かべた番組はただ一つ。
大富豪から一般家庭まで幅広い参加者で大人気のあの長寿番組『掘れ掘れ、お宝必殺鑑定人、あなたの街に向かいます』だった。たしかに、姉は、あれを見始めてから物を選ぶ時に吟味するようになった。慎重になったのかと思っていたが、「...ふふふ、これは...売れる」なんて言葉が聞こえた俺としては、金目の物になるものを見極めるためだと思う。
「あの番組の一番の見せ場って、値段がつく瞬間だな...」
父のポロっと呟いた言葉に、他の家族が反応した。
「「...それだっ!!」」
とうとう、この日が来た。
家族で相談した結果のプレゼントは、はたして喜んでくれるのだろうか。
就職を期に、実家暮らしから一人暮らしを始める姉は、我が家にとって太陽の存在だ。時に、嵐になることもあるけれど、彼女がいるだけで悩みも薄れていく。そんな不思議な彼女の社会への第一歩を祝う気持ちはみんな大きかったのだ。
「ねーちゃん、一人で暮らすのは大変かもしれないけど、俺らからプレゼントがありまーっすっ!」
とある休日の昼。
翌日は姉の荷物を運び出すためのトラックが来る予定になっている。
家族で就職祝いの宴を開こうということになり、朝から母と妹が作った姉の大好物な料理がダイニングテーブルに並んでいる。父は、朝からチビリチビリとお酒を飲んでいて、すでに出来上がっているようだ。
使い物にならない父を放っておいて、母の一声で急遽、プレゼンターが長男へと変わった。兄は「精密機械につき取り扱い注意」と書かれた箱を姉の前に静かに置いた。
「あら。...なーにっ? 父さんたちみたいに、普通の時計だったら、もう、スーツケースに入らないぐらいあるんだけど...。開けていい?」
さすがねーちゃん。送られた箱を見ただけで時計って気づくなんて受け取り慣れてますねっ!
姉が箱を開けると、そこには家電量販店でも売られているような電子時計があった。
「ほら、あたりだわ。 時計ね。 でも、残念ね。 これ、18歳の時に貰った物と同じだわ。 さすがに、同じものを持っていくのは...」
姉の反応は、俺たちとしては、当然のことで
「うん、そう思って、あれは俺らが使うようにするね。 これは、絶対に持って行って欲しいから」
兄の言葉に、
「え?…そう? 新しい方が、あんたたちも嬉しいんじゃないかしら...」
「「全然」」
首を縦に振らないみんなの反応に姉が疑問を持ったようだ。
「...何? この時計、他のやつと違うの?」
姉は慣れた手つきで時刻を合わせ始めていた。
ずっと様子をみていた父が、
「...っほんろーなら、お前がこまらないよーに、大金とか、用意するんだけど。
…できねー、父ちゃんで、メンゴ」
父さんは、酔っぱらっていて、いつも使わない言葉で涙を浮かべながら謝っていた。
「...別に、お金なんて...。 まぁ、無いよりかはあった方がいいけど...。
うちには、まだ、お金がいるじゃない。」
姉は母の膨らんだお腹をそっと撫で、頬を緩めていた。
「だからさ。 金はないけど、金を手に入れた瞬間って言うのを、俺らからプレゼント」
そう言って、兄が姉の近くに寄っていき、目覚ましを設定しはじめた。
「じゃぁ...どうぞっ!」
時計の針がカチカチと聞こえるぐらい部屋の中が静かになった。
そして、カチッと音がなった瞬間、
「一、十、百、千、万、十万、百万...」と、馴染みの音が聞こえたのだった。
―!!!!!
姉の驚いた顔がみるみるうちに笑い顔に変わり、そして、涙を浮かべていた。
「ふふふ、ははっははっ! ひぃぃぃ...これ、イイかも。あ、でも、止めれないよ、どうするのっ!」
歓びながら、泣いている彼女を見て、作戦は成功だったようだ。
姉の言葉に
「大丈夫。 毎日、ランダムで0が入るようにしてあるから」
妹の言葉に、笑っていた姉がパタリとやめ、
「え...それ、かなり嫌なんだけど。 絶対に高額を狙いたくなるじゃん。」
と言ったので、
「でも、早く止めないと0になるよ?どうする?0になるか、ならないか」
「...うまいな。 早めに止めるのが一番ってことかな?」
と姉が、俺たちの真意に気付いたようだ。
母が隠していた一冊のノートを取り出し、
「あんたは、そのまま寝るだろうから、毎朝、これに止めた金額を書き残しなさい。
そうやって、自分で起きれるようになったら、普通の時計に戻せばいいさ」
姉は、お小遣い帳と書かれたノートを見つめ、静かに頷いたのだった。
半年後。
姉からは時々、『...今日は、0だった』と、恨みメールが送られてくる。けれど、毎日の目覚めを楽しみにできるようになり、今では、自分でルールを決めて、音がなる前に目覚ましを止めれたら億万長者になれるそうだ。まさか、お金好きで寝起きの悪さを治せるとは思ってなかったから、驚いている。
でも、俺たちの朝は、姉がいなくても騒がしい。
「兄ちゃん、花子のミルクを飲ましてっ!」
「がーん、ユウヤが乳を飲みながら、ブリブリしてるっ!」
「兄さん、ミルクだけ飲ませてたら、学校に遅れるよ?」
「「うわー」」
母が産んだのは双子の男の子と女の子。
夜中は親が面倒見て、朝の世話だけ俺たちが請け負っている。妹の用意した朝食をタイミングを見ながら自分の口に運びながら食べ、生まれたばかりの赤子にミルクを飲ませている。
こいつらがどんな大人になるのか、いまから楽しみだ。そのためにも、ねーちゃんみたいに俺たちもいつかはこの家を離れるのだ。
そして、姉と同じように金への執着を膨らませていくのだ。腕の中で、目を閉じながらミルクを飲んでいる弟たちを見つめ、先を思い描く俺たちだった。
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