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新たにやって来たその入院患者は、見たところ、私と同い年くらいに見える。おそらく、小学生ではなく中学生だ。彼女は看護師に車椅子を押されながら、両親に付き添われて病室に入ってきた。運動部に所属していたのか、その肌はこんがりと小麦色に焼けている。
彼女は何も言わずにベッドに横になると、看護師がいろいろと声をかけるのも無視して、頭まで布団をかぶってしまった。入院なんてことになって気分が沈んでいるのはわかるが、さすがにその態度はないだろうと思いながら見ていると、景子がベッドの上から、
「ねえ、琴美姉ちゃん。あの人、ちょっと態度悪くない?」
と、聞こえよがしに私に声を掛けてくる。
私は慌てて右手の人差し指を口の前に当てて、景子に黙るよう伝えたが、既に時は遅かったらしく、彼女の母が申し訳なさそうな顔をして私たちの方を見ている。こうなったらこちらから声をかけていくしかない。そう思った私は、
「あ、私、篠原琴美と言います。中学二年生です。よろしくお願いします」
とベッドの上から声を掛け、頭を下げた。
「あら、こちらこそよろしくね。うちの子も中学二年生なのよ。同い年ね。仲良くしてやってね」
彼女の母は相変わらず申し訳なさそうな表情を浮かべたまま、ゆっくりと頭を下げる。それから、布団をむりやり剥ぎ取ると、
「ほら、由紀恵。みんなに挨拶なさい」
と、彼女に促した。
彼女は少し不貞腐れたような表情で上半身だけ起こすと、
「近藤由紀恵です。よろしく」
とだけ言い、再び頭まで布団をかぶった。
看護師と由紀恵の両親は、しばらくの間、ベッドのそばで話をしていたが、やがて三人揃って病室を出て行った。急に病室の中が静かになる。私たちは三人で顔を見合わせて、どうするべきかを探り合う。誰が最初に由紀恵に声をかけるのか。そういう意味では同い年の私が最も適任なのだろう。
私は起き上がり、ベッドから降りて、由紀恵のそばに寄った。
「ねえ、由紀恵ちゃん。改めまして、篠原琴美です。よろしくね」
布団の中の由紀恵に声を掛けてみるけれど、思ったとおり何の反応もない。景子も優美もどうしたらいいのか戸惑っているようだ。私は更に声を掛けてみることにする。
「由紀恵ちゃん、何か運動部に入ってたの? 私、運動すごく苦手だから尊敬しちゃうな」
だけど、やはり何も反応はない。由紀恵はどこまで無視を決め込むつもりなのだろうか。それでも私は諦めない。由紀恵の入院期間がどれほどのものかは知らないが、しばらく一緒の病室で生活する以上、仲良くできるにこしたことはない。
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