第4章 創作

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 目が覚めると、空は分厚い雲に覆われ、しとしとと梅雨のような雨が降っていた。抗がん剤治療のある日はただでさえ憂鬱なのに、雨なんか降っていると余計に憂鬱になってしまう。それでも、たいした目標がなかったこれまでとは何かが違う。今までよりずっとやる気に満ちているのが自分でもわかる。  朝食を終えると、私はさっそく新しい原稿用紙を取り出して、小説の続きを書き始めた。いま、物語は美人博士がタイムマシーンの製作に取りかかったところまで進んでいる。ここから美人博士と助手の共同作業が始まり、二人の距離がどんどん近づいていく。クライマックスへと続く大切なシーンだ。私は頭の中で二人の姿を思い浮かべ、言葉を選びながら文を連ねてゆく。  あっという間に時間が過ぎ、抗がん剤治療の時間がやって来た。本当はまだまだ書いていたいけど、そういうわけにはいかない。抗がん剤の点滴が用意され、私のベッドはカーテンで仕切られる。横たえた私の体に、抗がん剤の点滴が繋がれる。  ここから一時間ほど、私はじっとしていなければならない。今日はそれほど強い吐き気が来なければいいけど、全く吐き気が来ないということはないと思う。やっぱり抗がん剤治療が終わったあとは、しばらく眠ることになるだろう。私は横になったまま、小説の続きを考える。  二人はどんなふうにタイムマシーンを作っていくだろう? やっぱり、助手が小間使いのように使われるのだろうか? いや、順調にタイムマシーン製作が進むのも面白くない。やっぱり、何かのトラブルとかアクシデントとかが必要だろう。どんなトラブルが起きて、それをどうやって乗り越えるのか。そして何より、未だに決まっていないラストシーン。ハッピーエンドかバッドエンドか。私は物語の内容に想像を馳せる。  そういえば、優美はどんな小説を書こうとしているのだろう? 恋愛物? ヒューマンドラマ? それともホラーやミステリー? どのくらいの文字数の小説を書こうとしているのかはわからないけど、優美の書いている様子を見る限り、それなりに纏まった文章量の作品になりそうだ。出来上がりを私としても興味津々に待っている。  もちろん、由紀恵の絵にも興味がある。ベッドの上から見える景色を写生しているのか、あるいは空想の絵を描こうとしているのか、それすらわからない。  そんなふうに考えると、お互いの間に秘密の事柄ができてしまったような気になる。だけど、実際のところ、私が一番期にしているのは景子のことだ。
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