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景子と優美が図書室に出かけて一時間、二人はまだ帰ってくる気配がない。時刻は午後三時を回っている。私はベッドに横になって買ったばかりの恋愛小説を読んでいるけれど、春のポカポカとした陽気に、だんだんと眠気が押し寄せてくる。少し眠ろうかと思って本を閉じたその時、バサッという大きな音とともに、由紀恵が布団を撥ね退けて起き上がった。
「さっきはごめん」
由紀恵はぶっきらぼうに言う。あまりに突然の出来事に、私が呆気に取られていると、由紀恵はもう一度、
「さっきはあんな言い方をして悪かった」
と頭を下げた。
「う、ううん。大丈夫だよ。それよりも、由紀恵ちゃんの方が大丈夫? ずっと布団に潜ってたけど、体調が悪いの?」
「体調の悪くない入院患者なんていないだろう?」
「たしかにそうね」
私がそう言って笑うと、由紀恵もようやく笑顔を見せて、声を上げて笑った。
偶然とは言え、私と由紀恵は同じ病気だった。そのことが、私と由紀恵の距離を一気に近づけた。
「ガンなんて、大人のかかる病気だと思ってた」
由紀恵は悔しそうに下唇を噛みながら言う。
「私だって同じだよ。ガンなんて、大人の病気だと思ってたし、自分がかかるなんて思ってもみなかったし」
「なあ、私たち、このまま死ぬのか?」
「そんなことないよ。そのために治療してるんじゃない。早く元気になって、一緒に退院しようよ」
私は笑顔で語りかけるけれど、由紀恵の顔は曇っている。たしかに、急に前向きに考えろなんて言われても、そんなに簡単に気持ちを切り替えることなんてできないだろう。自分だってそうだったはずなのにと、私は反省しながら由紀恵を見た。すると由紀恵は、私に笑顔を浮かべてみせる。だけど、その笑顔にはどこか無理をしている感じが漂っている。
「ねえ、由紀恵ちゃんは何か部活やってたの?」
私は思い切って話題を変えてみた。すると、由紀恵は、
「陸上部」
と、ポツリと答えた。
「へえ、陸上部か。どんな種目をやってたの?」
「走り幅跳び」
「走り幅跳びって、走っていって砂場に向かって跳ぶやつ?」
「そう」
「すごいなあ。私、あれって一メートルくらいしか跳べないんだけど」
「いや、逆に一メートルしか跳べないっていう方が不思議なんだけど。一メートルくらいなら助走をつけなくても飛べるだろう?」
由紀恵は呆れたような顔で私を見た後で、ようやく笑顔を取り戻す。私はホッと安心して、笑顔を由紀恵に返す。いつの間にか、私を襲っていた睡魔もどこかに逃げてしまっている。
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