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「ねえ、どうして陸上部に入ろうと思ったの?」
私は尋ねてみた。
「陸上部に好きな先輩がいたんだ。単純な理由だろう?」
由紀恵は少し照れくさそうに頭を掻きながら答える。
「そんなことないと思うよ。私だって、文芸部に入ったのは好きな先輩がいたからだもん。もちろん、もともと本を読んだり、物語を作ったりするのが好きだっていうのはあったけど」
「へえ。私たち、意外と似たもの同士なのかもしれないな。それで、その先輩には告白したのか?」
「まさか。そんな勇気、私にはないよ。由紀恵ちゃんこそどうなのよ?」
「私だって同じさ」
私と由紀恵は、一瞬顔を見合わせて笑い合う。だけど、すぐに由紀恵の顔が曇る。
「本当は、来月の中頃に試合がある予定だったんだ。そこでいい成績が残せたら、先輩に告白しようと思ってた。もちろんフラれる可能性の方が高いけど、それでも想いは伝えなくちゃいけないと思った」
由紀恵はため息を吐く。ため息の理由は私にもわかる。入院してしまえば試合に出ることなんかできないし、そうすればフラれるフラれない以前に、告白することすらできない。せっかく決意を決めた矢先の入院は、由紀恵にとってとても辛い出来事だったに違いない。
それに、私たちの病気は一日や二日で退院できるようなものじゃない。このまま治らずに、命を失ってしまうかもしれない病気だ。明るく前向きになんかやってられないだろうし、ため息の一つだって吐きたくなるだろう。
だけど、こんなときにかけるべき適当な言葉を私は持っていない。由紀恵の辛さがわかるからこそ、何も言えない。たぶん、どんな言葉を掛けたところで、由紀恵の心を癒やすことなどできはしない。それは、私にしてみても同じことだ。
「ねえ、来月のその試合、由紀恵ちゃんが好きな先輩も出るの?」
「うん。私と同じ走り幅跳びで」
「だったらさ、一緒に試合を見に行こうよ。告白するかどうかは任せるからさ」
「試合を見に行くって……私はまだ外出許可なんか出ないから。君は外出許可が出るのか?」
「ううん、脱走するんだよ。ニ、三時間いなくたってわからないよ。ご飯と検温の時間にさえいればね」
「君はそんなにしょっちゅう脱走してるのか?」
「ううん、一回もしたことないよ。でもね、私だって病院の外に出て、思いっきり自由にしてみたいんだ」
私が言うと、由紀恵はフフッと小さく笑ってから、
「考えておくよ」
と言った。
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