はつ恋

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 すると、佐倉先輩はどこか遠くを見つめて「なるほどね」と呟いた。彼は元々端正な顔立ちをしているが、その時の表情は窓の外に見える桜の木と相まって一層綺麗に見えた。佐倉先輩は私に向き直ると、こう言った。 「消しゴムのすり減りは恥じらいのある証拠」  唐突な言葉に私は「え?」としか言えなかった。佐倉先輩は構わず続ける。 「消しゴムが小さいってことは、もちろん物持ちがいいって印象も与えるけど、生まれた言葉を人に見せるのを躊躇して、さらに良い言葉に仕上げていく努力ができる『恥じらい』を持っている人とも見れるっていう意味の言葉だよ」  佐倉先輩は言い終わると、また小さく微笑んだ。 ―良い言葉に仕上げていく努力ができる『恥じらい』 心の中で繰り返すと、胸が温かくなった気がした。返す言葉に困っていると、佐倉先輩が先に口を開いた。 「それに、男は女の子の恥じらう姿に引かれるものだから。そいつらもちょっかいかけたくなっちゃったんじゃないかな。俺も草村のそういう一生懸命なところ」    その瞬間、急に突風が吹いて、教室中に大量の桜が舞い込んできた。 「好きだよ」  辺り一面に広がったピンク色は先輩の微笑みを優しい美しさで包み込んだ。その光景は絵画のようだった。少しの鼓動とともに私の目に焼き付いて離れなかった。この時、自覚していなかったが、私は彼に恋してしまったのだった。  そして月日は経ち、現在私は高等部三年生になった。先輩はいない。だが、あの時を思い出し、こうして文字を連ねては消している。拾い上げた消しゴムは淡いピンクのはつ恋色に染まっていた。
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