パンドラの箱

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プロメテウスが天界から火を盗んで、人類に与えた事に怒ったゼウスは 人類に災いをもたらすために「女性」というものを作るよう 神々に命令したという。 へぇ‥そうなんだ。 俺はフラッと寄った図書館で、 さして興味のないギリシャ神話の本を読んでいる。 まぁ‥いわゆる夫婦喧嘩ってヤツですよ。 会社で上司にペコペコ頭を下げ、 やっと家に帰ったと思ったら 家事は夫婦が互いにやるべきだとか 子育てに男も、積極的に参加しなさいよだとか ゴチャゴチャうるさくて。 会社にいたら上司、家にいても妻‥ 怒鳴られ、頭を下げっぱなしは正直ツラい。 風呂掃除も朝のゴミ出しもやってるじゃん。 子育ても、休日くらいはどこかへ連れてけって‥ 家族サービスってヤツですか? 出来る限りしてるじゃないですか。 これ以上、なにが文句あるっ! あっ‥こりゃ失敬。 思いだしたらムカムカきちゃって。 どれどれ‥ ヘシオドス『仕事と日』によれば、 ヘパイストスは泥から女性の形をつくり 神々は、あらゆる贈り物を人の形=パンドラに与えた。 アテナからは機織や女のすべき仕事の能力を アフロディーテからは男を苦悩させる魅力を ヘルメスからは犬のように恥知らずで狡猾な心を与えられた。 そして、神々は最後に彼女に 決して開けてはいけないと言い含めて箱を持たせ エピメテウスの元へ送り込んだ。 パンドラって‥アンドロイド? まさかぁ。 でも‥機織や女のすべき仕事の能力と男を苦悩させるほどの魅力をもらった アンドロイドの女の子かぁ‥ はっ、イカンイカン。 学生のころにハマったアニメのことを思いだした。 けどなぁ、犬のように恥知らずで狡猾な心‥か。 こんなの、今の時代に書いたとしたらすぐにブログ炎上で、 総叩きだよな‥ 女性差別だ、男尊女卑だって。 神話の時代でよかったよ‥な。 で、なになに‥ ヘシオドスは『神統記』においてもパンドラについて触れ 神々からつかわされた女というものが、 いかに男たちの災いとなっているか熱弁している。 美しいパンドラを見たエピメテウスは 兄であるプロメテウスの「ゼウスからの贈り物は受け取るな」という 忠告にもかかわらず彼女と結婚した。 そして、ある日パンドラは好奇心に負けて箱を開いてしまう。 すると、そこから様々な災い‥ 疫病、悲嘆、欠乏、犯罪など‥多く飛び出した。 己の行動を悔いたパンドラが、 空っぽになった箱を覗き込むとたったひとつ‥ そこに「希望」が残されていた。 あーあ、コレだよ。 神話の時代から、女ってヤツはこうだ。 人が忠告すればするほど、逆らいたくなるものなのかね? 好奇心を抑えられないとかなんとかイイワケして 流行の服だカバンだ、美味しいスイーツだのランチだのって 自分に使うお金は『たまのご褒美』 だったら、俺の釣竿やフィギュアも買うのを認めてくれよ。 新しいのが、たくさん出てるんだよっ。 はぁ‥神話と我が家のケンカをゴッチャにしちゃったよ。 俺の小遣いで買うんだから、何を買ったっていいだろ。 なんで俺ばっかりが文句を言われなきゃならないんだよ。 気が付けば、もう夕暮れ。 俺は図書館を出て、街をぷらぷら歩く。 箱を開けた娘のせいで、様々な災いが‥ 疫病、悲嘆、欠乏、犯罪などがこの世界に蔓延したってことは、 夫婦喧嘩もその中に含まれてたんだろうか? そんな災いを広げてしまって、あのパンドラって娘(こ) ずいぶん後悔して、苦しんだんだろうな。 ま、そのせいで俺が今こうしてるんだからいい迷惑だけど。 なるべくお腹いっぱいに いいものを食べれて なるべく流行のカッコイイ、綺麗な洋服を着れて 小さな一戸建てだけど、去年やっと建てれて 子供も幼稚園に行きだしてこれ以上、何がほしいってんだよ。 お前が欲しがるように、俺だって欲しい時もあるんだよ。 ブツクサ文句を言いながら、俺はコンビニに入る。 酒もタバコもやらない俺はの楽しみといえば、 アニメのフィギュアと釣りだ。 喉が渇いたから、ジュースでも買うか。 おっ、なんだよ‥ こんな時にいつも売り切れのロールケーキがあるじゃないか。 そういえばアイツも、食べたいのにいつも無いのって言ってたな‥ カゴの中に3個入れて、炭酸ジュースにミルクティーに、 こどもの好きな飲むヨーグルト。 店を出た俺の足は、小さな家へと向いていた。 疫病、悲嘆、欠乏、犯罪‥そして、夫婦喧嘩。 たくさんの災いが蔓延するこの世界で、 アイツや子供を守るのは俺の役目だからな。 まぁ‥夫として、父としての責任ってやつだ。 仕方がない、帰ってやるか。 家の前まで来たら、長男がテケテケ走って出迎えてくれた。 『おかえりなさい』舌っ足らずではあるけど可愛い声は、元気をくれる。 子供に手をひかれ、部屋に入ると アイツは背中を向けてキッチンに立っていた。 んなろぅ 帰ってきたのに『お帰りなさい』も無しか。 そっちがその気なら、意地でも『ただいま』なんか言わねえぞ。 『おかーさん、おとーさん帰ってきたよー』 するとアイツは『はーい』なんて返事をして 出来上がったばかりの麻婆豆腐を机に置いた。 あれ‥今日は焼きそばだって、朝は言ってたのに。 『さぁ食べましょうね、あっくん』 子供のために作ったオムレツを食べさせている。 そうか‥わざわざ、俺の好物を作ってくれたんだ。 「な‥なぁ、コレ‥コンビニのロールケーキ」 『わーい』と喜ぶ息子に 『あとで、パパとママといっしょに食べようね』 子供に微笑んだアイツの顔と息子の顔は‥うん‥ 疫病、悲嘆、欠乏、犯罪‥ 世に蔓延する多くの災いの中で俺の希望なんだ。 「オマエ、ミルクティーでよかったよな」 「うん」 これが俺たちの『ごめんなさい』かな。 パンドラ‥キミはあのあと、どうしたんだろうか。 でも、心配すんな。 希望は、ちゃんと今もこうして残っている。 愛情って名前の希望は、今を生きている俺たちに残ってるからさ。 だから、もう心配しなくていいよパンドラ。
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