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「勝手に出ていったのはお前だろ」
声色に一切の抑揚も出さずに時生が言った。そうだけど、と口にして彼女は続きを迷う。
「…今は離れてみた方がいいと思ったのは本当だから。時生は私のことどう思ってる?言いたいこと、今までずっと言わなかったじゃない、お互いに」
お互いに――その言葉の真意は彼に伝わっているだろうか。
「べつに…、仕事のことで色々と考えなきゃいけなかったから、お前や賢太のことまであんま考えてやれなかったのは悪かったと思ってるよ」
別れを恐れて、謝れば済むと思っているような気がしてならない。過るのはそんな考えばかりだ。
時生はもうずっと口数が少なかった。出逢った頃、付き合っていたとき、結婚した当初だって、饒舌とは言わないけれどもっとおしゃべりだったはずだ。それがいつの頃からか私たち夫婦は会話が減り、喧嘩も多くなった。そのくせ、お互いに思っていることのすべてを話すことがなかったような気がしていた。
「うん、それもあるかもしれない。でも…」
そこまで言って、伊吹は自分がなにを伝えたいのか分からなくなってしまった。
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