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 桜のつぼみがそこかしこに見られるようになった。風はまだ少し冷たいけれど、日が出ると暖かさを感じられる。あのとてつもなく長く感じた冬の終わりから、気付けば一ヶ月が経とうとしていた。  人が生きながらに生まれ変わる瞬間を、伊吹はずっと探していた。それは新婚生活を終えて、子供――賢太が生まれて、中学生に上がった頃。夫との仲違いに心を痛めて、ついには別居を決めてからずっと。  一度は、時生との離婚も考えた。お互い、なにをしたわけでもない。日常の中で降り積もったたしかなしこりが、喧嘩をすることに躊躇しなくなった日々が、生活に大きな不安をもたらしただけのこと。 「これからのことについて、きちんと話がしたい」  そう言って、伊吹が別居初日に掛けた電話を、果たしてどんな思いで時生は受けたのだろう。いくら想像しても時生の気持ちは分からない。伊吹には伊吹の時間が流れていたように、時生にもまた彼なりの時間が流れていたにちがいない。
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