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この店はアパレル店では珍しく制服がある。僕が入ってきた頃は、桜のような上品なピンク色のシャツワンピースだったが、季節がだんだん冬に向かってくるとサクランボが熟したような鮮やかな赤いワンピースに変わった。
また緑のパーカーをうつ伏せに寝かせた時、棚の陰から鼻歌が聞こえてきた。
「ふんふんふんふ、ふんふんふんふん~♪」
聖夜さんだ。彼女はけっこうな確率で無意識に鼻歌を歌っている。その声が意外に可愛らしく、耳なじみが良かった。僕は彼女の鼻歌に合わせて、パーカーをたたんでいく。
「ふんふんふふ♪」
僕はパーカーを二つに折り、軽く皺を整える。
「ふんふんふ♪」
タグを取り出し、彼女の声に間が開くとプライスシールを貼り付ける。
「ふんふんふ、ふんふんふふ♪」
そして、「M」と心の中で呟き、パーカーを作業台の右端に置く。また、新しいパーカーに手を伸ばす。その作業を繰り返した。なんだか彼女とセッションでもしているかのようだ。聖夜さんの鼻歌を聞きながら作業していると、自然と腕もスムーズに動いた。まるで魔法にでもかけられたかのように心地がいい。この時間がいつまでも続けばいいのに。そう思った矢先、急に音楽が消えた。もう閉店の時間か。時計を見ると、午後8時半を指していた。まだ段ボールは30箱近くはある。残業決定だ。さっきまでの幸せ気分は消え失せた。
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