──を 思い出してはならない

29/32
前へ
/237ページ
次へ
 加藤殺しの犯人が石井?  「どういうことだ?」 「真取から連絡がきたんスよ。通報があって──自殺か他殺かって現場検証があって、そしたら容疑者として、オレの名前が挙がってるって……」 「話が見えねえよ。お前が容疑者?」 「正直ワケわかんないんすよ! なんでこんなことになってんのか!」  石井の言葉に、怒気が帯びる。 「落ち着け……るわけねえよな」  親友を殺された気持ちは分かる。裕二のことが頭に浮かび、強く拳を握りしめた。下腹部に力を入れて感情を押し殺す。 「正直、現実味がねえンすよ。さっきまでも、正直他人事っした。加藤が死んだことも自分がっ、容疑者になってることもっ」  電話の向こうで、ふぅふぅと、荒い吐息が漏れている。  言葉にすると、ほんやりしていた現状が実感を帯びる。実はよくある話だ。 「なんでお前なんだ? 真取はなんて言った?」 「情報漏洩になるから詳しくは教えられない。ただ、このままじゃあ、キミが容疑者になってしまうよ? って」  現場に石井を犯人と裏付ける証拠が落ちていた?  何がしたいんだ真取大輔。これもアイツの『案内役』としての行動なのか? 「犯人に心当たりは?」 「……見当がつかねえっス。正直な話、花林先輩も疑いました。騙された腹いせに、まずは加藤を手にかけたのかって」 「さすがにそこまでやらねえよ」  苦笑を浮かべつつも、犯人の可能性を絞る。  大輔や和達はねえか。加藤を殺す動機がない。裕二が殺されたようにな。  大輔の言っていた、石井が『ちょっと大変なことになってるよ』ってのは、このことか。 「……ワケわかんねえッスよ、ほんとに」  石井のつぶやき。 「なあ、犯人は【NG】じゃねえのか?」  シン。と、音無き音が発せられたような、一瞬の静寂。  スマホという機器を通じ顔を合わせることがなく、緊迫し、切迫した空気の中で、石井は明らかに、一度言葉を詰まらせていた。
/237ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1208人が本棚に入れています
本棚に追加