──を 思い出してはならない

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「『撮影』ってのは、誰の立案だ?」 「自分は加藤から聞いたっス。でも『撮影』っつか、自分は『物を運ぶだけの仕事』だって聞いてて──」  粗粗(あらあら)だが、石井の話は大輔から聞いたことと相違なかった。なぜそのやりとりを大輔が知っていたのか不明だが、会話を傍受できる盗聴器や監視カメラなどで把握していたのか、和達から聞いたのだろう。   一通り聞き終えた後、俺は、ため息をついた    「犯人探しは振り出しか」 「つか、実は先輩が犯人ってオチじゃないンすか?」  受話器の向こうから、へっ。と嘲笑混じりの声が聞こえた。 「俺が犯人? そりゃあねえだろ」 「でも先輩だって、自分が加藤を殺してない──って証明ができるんスか?」 「……あ?」 「あんたがオレを疑ったように、オレだってあんたを疑っていたンすよ」  石井の一段階低い声が耳に届く。  こんな時に何だが、石井に『あんた』と呼ばれたのは初めてだ。  俺が加藤を殺す理由はねえ。言いかけたが、石井の言葉を思い出す。 『最初は正直、先輩も疑いました。オレらに騙された腹いせに、まずは加藤を手にかけたのかって』  疑うことばかりで失念していたが、俺も石井から見れば疑うべき存在。 「俺は加藤を殺してねえ」 「それはオレも同じスよ」  石井は今までにないほど圧のある声で──静かにはっきりと、そう告げた。  沈黙。永く感じる緊迫した時間。実際には三秒にも満たなかったが── (確かあいつ、あの時……) 「なあ石井、お前今どこにいる?」 「なんスか急に。アパートにはいないスよ?」 「会って話ができねえか?」 「"ここ"に来るってことっスか?」 「"そこ"がどこだかわからねえが、行ける範囲なら向かう。俺は若葉総合病院だ、なんなら位置情報を調べてもいい。お前は?」 「オレの居場所を、真取にタレ込むつもりじゃないンすか?」  現状、容疑者としての疑惑をかけられている石井。ごもっともだ。
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