──を 思い出してはならない

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「そんなことはしない。俺を信じろ! なんてセリフを言うつもりもない。その言葉に何の信憑性もないからな。  だが誓って言えるのは、真取大輔にタレこむつもりはねえ。それをしてどうなる? 金一封か? 感謝状か? それより確かめたいことがあるんだよ」 「……確かめたいことスか?」 「直接会って聞きたいこともな。そもそも昨日はジョナフルで会う予定だったんだ、問題ねえだろ?」 「そうっスけど、確認は電話じゃダメなんスか?」 「俺は電話で騙されてるし、何より大輔(あいつ)を信用してねえ」 「分かりました、ただ──」  この時、石井の脳裏にあることが浮かんでいた。 (花林先輩は……) 「先輩、一ついいスかね。オレも容疑をかけられてる身なンで、派手に動きたくないんスよ。落ち合う場所を決めたいンすけど……『港倉庫』って分かります?」  その名を聞いて、足元から冷たいものが這い上がってくる感覚に襲われた。  港倉庫といえば、昨日正美さんが捕らわれていた、あの場所だ。 「……ああ、知っている」 「あの場所、ほとんど機能してない場所なんスよ。オレら、高校の時に……あ、すんません。そこの『第四倉庫』なんスけど、鍵が壊れてて放置されてるンすよ。誰も管理してねえから、遊び場になってるっつーか」 「……」  昨日見た光景を思い出す。確かに扉にカギはかかっていなかった。 「すぐは見つからねえと思うンで、そこでどうスか?」 「こっちは問題ねえよ」 「じゃあそこで。念のため聞きますけど、今って一人ッスよね?」 「ああ、真取は一緒じゃねえよ」 「……」 「分かってる。今は一人で、現地で合流ってこともねえ。行くのは俺一人だ」 「了解っス」  ──例えばこの場に、中立の立場の者がいたとして、二人のやりとりを見ていたら、ひどく奇妙に映ったことだろう。  片や殺人の容疑者として疑惑をかけられている者。片や『確かめたい』ことがある。とだけ告げて明言を避ける者。  前後の会話を見ても、リスクを考えれば、会う必要がないのだ。  だが互いの”意図”が、それを承諾させる。  悟られぬよう──暗いベールで包みこむように、思惑を覆い隠す。  その様はまるで、毒を喰らわば皿ごと、と言わんばかりの覚悟を内包していた。
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