── を 信じてはいけない

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 石井の言葉にボロが出た時、思わず口角が釣りあがった。  【NG】(みき)はそこにいる。  美紀が生きていたことに驚きはない。それは分かっていた。  だが殺されたはずの女が、親友を殺した(かたき)となって現れた。  迷いはあった。だが、覚悟は決まっている。 「お前が【NG】だったんだな」 「……いつ気づいたの?」  言い訳や弁解はなく、「おはよう」と挨拶を交わす感じで、俺を見た。 「確信を持ったのは、本当に少し前だった」  裕二が残してくれたキーワード。単純ゆえに意表を突かれた。  『ローマ字入力』と『かな打ち』。パソコンのキーボードの『N』と『G』は、かなで打つと『N→み』と『G→き』でみきとなる。  それだけで、 美紀=【NG】と断定はできない。  気づいたキッカケは、病院で──空き缶を握りつぶした時だった。  傷めた右手から血が滲み、テーブルの上にポタポタ滴り落ちて、血だまりになっていった。 (血は……(したた)り落ちる)  美紀のアパートの光景が、フラッシュバックする。  あの現場には、不自然な点があった。  まず、美紀は頭部を殴られて、自殺に見せかけるためだろう、浴槽に放り込まれていた。  遺体を調べれば死因は頭部の損傷が明白。なぜわざわざ浴槽に入れる必要があったのか。  その時は、処理が雑な殺人だと思っていた。  だが、そうじゃない。  寝室のフローリングの床に、血だまりができていた。  元々犯人は、寝室で美紀を殴り殺し、浴槽に運んだのだろう。  死体を自殺に見せかけるため手首に傷をつけ、浴槽へ運ぶ。しかしそれほど出血していた遺体を、浴槽まで運べば当然、滴り落ちた(、、、、、)血がどこかに残っていたはずだ。  それが一切無かった。寝室からリビング、そして浴槽に至るまでのルートに、血はどこにもなかった。  犯人がうまく細工をした?  寝室で撲殺し、自殺に見せかけ浴槽に放り込み、かつ床の血は雑に拭いた犯人が、滴り落ちる血だけ細心の注意を払ったとは考えにくい。  つまり最初から、事件ではなかった。あれは事件に見せかけた偽装。  フローリングの血は『わざとスマホを見つけさせるため』故意に残されたものだろう。 「凄いね、まるで探偵みたい」  力なく笑う美紀は、どこかホッとして、憔悴と疲労が混じった虚ろな目をしていた。 「裕二を殺したのは、お前だな?」 「…………」  長い沈黙。唇をかみしめて「そうよ」美紀が答えた。
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