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……裕二の件は、あたしも『撮影』だって聞かされたの。
全然乗り気じゃなかったけど、"あの人"のお願いだったから。
アパートでは死んだ(フリ)の蔵元美紀は、この世にいないことになっている。恭介にバレることはない。だから安心して"演じて"もらえばいい。
【NG】のセリフは、耳のイヤホンから指示されていた。
幼少期は人形で、大学では明るくイマドキ女子を演じていたあたしが、今度は【NG】を演じる。
処方されたお薬はいつものと違っていたけど、『抗うつ剤だから』という説明があり、心酔する"あの人"の指示なら、何も間違いはないはずだった。
「ハロー、恭介くん。こんばんわ」
【NG】としての第一声。高揚感と爽快感。自分が自分じゃない感覚。
しゃべればしゃべるほどハイになる。
イヤホンから指示されたセリフを、次々と語り続ける。大丈夫。これは全部演技なんだ。あたしじゃない。全ては【NG】のせいだから。
激怒する恭介。大丈夫だよ、最後に全部種明かしするからね。
裕二だって全部分かった上で、このお遊びに付き合っている。甘美な囁き、安心して身をゆだねれば、何も考えなくてもいい。
──さあ銃を持って。大丈夫、私は貴女の味方だよ。
『最後に。恭介は、パソコンのキーボード、『かな打ち』だったよね?』
裕二の残した言葉。その暗号に美紀は気付く。あれ? これって。
──大丈夫。引き金を引くタイミングはこっちで言うから。私を信じて。さあ、今だよ。
パン!!!
乾いた発砲音。スローモーションのように、ゆっくりと──どさっ。とあっけない音とともに、裕二が地面に伏した。
手が震える。
(これって本物の銃じゃない? 裕二、これって本当に演技なの?)
──ホラ、セリフを忘れてる。『あーっ、しまったやっちゃったまいったなっと』……おめでとう、やり遂げたね。おめでとう。おめでとう。
それからのことは、あまり記憶にない。昨日から今に至るまで現実味がなくて、しかしこれはあたしの"役"であると誇りにさえ思っていた。
大丈夫、死ぬことは怖くない。真に怖いのは、やり遂げられなかったことだから。
「なんでそう思いこんでいたのかな、あたし」
力なく美紀が笑う。
「石井、結局のところ"役"っていうのは……」
「文字通り"役割"のことっス。オレたちは、少なくともオレと、美紀と、茜と加藤は、"あの人"の患者だったんス」
「患者!?」
想定外の言葉だ。
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