1208人が本棚に入れています
本棚に追加
「有里! お前の狙いは俺だろ! 狙うなら俺を狙え!」
しかし有里は、倉庫の入り口から動かない。警戒しているのか?
石井も美紀が気になって、倉庫の入り口と美紀、交互に視線を送っている。
「ごほっ」
美紀の口から吐血が漏れた。
「美紀っ」
たまらず石井が、足を引きずりながら向かうと、入り口に立っていた有里が、扉を力いっぱい殴った。『ドゴンッ』と音が響き、俺と石井は思わず、そっちを見た。
「寛治はやっぱり、花林先輩とその女が大事なんだ!」
有里が丸めた紙に、ライターで火をつける。なんだ!?
思い出した。漂ってきた臭い。あれは灯油だ。
放たれた炎がじわじわとそして大きくなっていく。俺たちがやりとりをしてる間、あらかじめ倉庫周辺に灯油をまいておいたのだろう。
倉庫自体は耐火性がなく、炎の勢いは徐々に加速する。廃材や薬品に飛び火すれば、大惨事は免れない。
「やばいぞ石井、美紀を抱えて──」
踏み出そうとした右足のすぐ横を、ボウガンの矢がかすめた。
「動くな! アンタたちはもういらない。焼けて死ねばいいのよ!」
憎しみに顔を歪ませた有里の顔は、まるで般若だ。心底ぞっとした。
リアルな死を予感したその時。
有里がその場から、慌てて飛び退いた。その直後、倉庫前に一台の車が急停車した。車は有里を狙ったようだ。
(なにが起こった?)
状況が把握できないでいると、今度は倉庫の扉が開かれた。
炎に包まれつつある、倉庫入り口にいたのは──
和達亮平だった。
「こちらです、早く!」
この状況で、迷っている暇はない。
「石井、お前も早く!」
手を伸ばすが、石井は美紀に寄り添い、小さく首を振った。
「いいんスよ。美紀はもう助かりません。自分も足をやられてますンで」
「お前っ」
「先輩、これ」
差し出されたのは、鈍色に光る鍵だった。
「これは?」
「先輩の探しもんスよ。行って下さい」
「花林先輩! こちらです早く!」
和達の叫び声。
無理に引っ張っていこうとしても、石井はここに残ることを選ぶだろう。俺はそれ以上どうすることもできなかった。
「先輩、オレは──」
石井は、美紀が死を偽装した時も茜が暴走拉致した時も、本心では恭介を助けたかった。こんな結末は望んでなかった。
「なんでもねえす。早く行って下さい」
石井の、最後の強がり。
「……石井っ、すまねえ」
倉庫全体が ギシギシと音を立て始めた。
最初のコメントを投稿しよう!