── を、知ってはいけない

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 車は大通りを外れ、左右が木々に囲まれた山道に出た。 「一旦は一安心でしょう。この道はカーブが続いて見通しも悪いので、狙撃も容易ではありません」 「そっか」  ようやく安定した運転と状況にほっと一息つくが、石井と美紀のことを思うと複雑な気分だ。  車は、ゆるやかな山道を走り続ける。 「蔵元先輩の件、心中ご察し致します」 「それはどちらの意味でだ?」  美紀が裕二を殺したことか。美紀が死んだことか。  どちらにせよ悲惨な出来事で、今も必死に感情を抑えている。 「申し訳ございません。私は──そういったことに、疎いもので」  和達の表情も口調も淡々としたものだ。 「……お前も"あの人"の患者だったのか?」  そのこともご存知だったのですね。と断りを入れて、和達が続ける。 「私の症状は、アレキシサイミア(失感情症)です」 「聞きなれない名前だな」  特徴は『感情表現が苦手でうまく言葉が出てこない』『感情が乏しいと思う』『他人と共感できない』などが例として挙げられるそうだ。 「お前や大輔も、"役"と引き換えに特別な治療を受けてたのか?」 「私と大輔さんは少々事情が違いますが、大輔さんはむしろ、すすんで協力しておられました。全てを知った上で一言『面白そうだねえ』とだけおっしゃっていましたから」 「……なるほど」  元々の性格もあるんだろうが、大輔ならその答えは納得できる。  しかし、この車を使用しているにも関わらず、大輔が不在なのは?  俺の心の声を察したのか、 「大輔さんは、刺されました」  和達が前を見据えて、やはり淡々とした口調で言った。 「刺された!?」 「ナイフです。加藤先輩を襲った者と、同一と思われます」 「それってまさか……」 「ええ、犯人は有里茜です」  あの女、倉庫に来る前に加藤と大輔を殺してたのか。 「有里は何故、二人を殺したんだ?」 「加藤先輩の現場には、石井先輩の犯行を匂わせる物的証拠が残されていました。大輔さんは当初、石井先輩を犯人と断定していましたが、追い詰められた石井先輩に有里茜が救いの手を差し伸べて、自分に振り向かせようとしていたのではないかと」  救いの手というのは、大輔を殺すことか。マジでイカれてんな、あの女。
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