第14章 告白

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意識を失って倒れ込みそうになったシオナを、スセンは地面にぶつかる寸前に抱き止める。 そっと抱き上げたシオナは、完全に意識を無くしていて、スセンはほっと息を吐く。 そのまま、身動ぎ一つせずに腕の中のシオナを見詰め続ける。 随分と長くそうしていて、スセンは不意に頭を振った。 倒れるシオナが完全に意識を失ってからしか、抱き上げることさえ出来ない自分が、未練がましくここに留まっているのは間違いだと、自分でも解っている。 愛しいと自覚してしまった彼女を、もう二度とこうして抱き上げることも、これ程近くで見詰めることも、出来ないのだと思うと、足に根が生えたように動かなくなったのだ。 スセンは再び頭を振ると、漸く足を踏み出した。 早く、彼女を完全に守ってくれるところへ連れて行かなければならない。 知られてはならない者達に知られる前に、隠してしまわなければならない。 振り返れば、このところの自分の言動は、明らかに普通ではなかった。 それなのに、シオナの方から告白されるまで、自分が彼女に想いを寄せ始めていることに全く気付かなかった。 だが、周りにはもう勘付かれていたはずだ。 ならば、知られたくない者達に知られてしまうのも時間の問題だ。 だが、急ぐ気持ちと、彼女との時間を惜しむ気持ちが混在して、思考が上手く纏まらない。 そっと彼女を抱えて歩きながら、唇を噛みしめる。 迷っていては、彼女を守れない。 心が擦り切れて千切れてしまおうとも、この想いをこれ以上育ててはならない。 スセンは自分に言い聞かせると、天幕を張った広場に足を踏み入れた。 ぐったりとしたシオナを抱えたスセンが戻ると、ノアラとジリアが慌てて近寄ってくる。 「どうしたの!」 「疲れが出たんだろう。天幕に下ろしたら、後は頼む。」 ノアラの問いに曖昧に答えると、ジリアとノアラから厳しい目を向けられる。 それに気付かない振りをして、スセンは女性用の天幕にシオナをそっと下ろすと、直ぐに出て行った。 天幕を離れて広場を横切ると、焚き火の側にいる旅仲間だった者達からの視線を感じる。 「今夜は、祝い飯にでもしてもらいましょうかね。スセン様。」 だが、それよりも刺すような視線の主がそう声を掛けてきた。 目をやると、口元に皮肉げな笑みを浮かべたジオルが、全く笑っていない厳しい瞳でこちらを見つめている。 ジオルは、シオナを抱えて戻った今のスセンの状況に、ある程度想像が付いている筈なのに、遠慮容赦なく塩を塗るつもりだ。 「何の事だ?」 それなのに、つい乗ってしまう辺りは、やはり長い付き合いの故だろう。 「私は何度も言っている筈だ。貴方の恋愛には賛成だと。大いにやれば良い。我慢することも封じることもない。」 また、始まったと思いながら、今他人の目のあるこの場で始めるか、と眉を顰める。 「だから、貴方がちょっとでも気に入った相手がいたのなら、誰でも良いから、さっさとやってしまえと言っているんです。そして、覡の力などさっさと捨ててしまいなさい!」 「ジオル!」 流石に黙っていられなくて、苛立った声で遮ると、ジオルがずかずかと歩いて近付いてきた。 「何が不満なのです? 貴方がその強すぎる覡能力を失えば、貴方の敵の7割は少なくとも手を引く。それに、そうなれば、貴方は命を狙われなくなる筈だ。」 「命など、欲しければ幾らでもくれてやる。だが、死ぬなと言ったのはお前だ。だから俺はずっと死体を量産し続けてきた。」 苦々しい口調で言い返すと、ジオルがふんと鼻を鳴らした。 「また、死にたがりが復活ですか? 最近は、勝手に弟子なんぞ抱え込んで少しは生きることに前向きになったかと思えば。あんな小娘の所為で逆戻りですか?」 「それは関係ないだろ。何でも都合良く絡めるな。」 ジオル相手だと、どうしても感情的になってしまう。 スセンは頭を振って、気持ちを収める。 「とにかく、今、ここでする話しじゃない。それに、何度も言ってる筈だが、俺が覡能力を失っても、根本的な解決にはならない。」 何故解ってくれないのかと、忌々しくなるが、そもそもこの件でジオルと折り合えたことなど、一度もない。 「それこそ私も何度も言ってる筈だ。貴方が覡能力を持ったまま本殿に戻ったら、私は貴方を殺さなければならなくなると。冗談だとでも思ってるのか? 貴方は。」 スセンは黙り込んでジオルを睨む。 間違っても、今この場で口にすべきことではない。 「まあ良い。貴方がどれだけ殺し難くなったのか、久しぶりに見てあげましょう。付いて来なさい。」 スセンに剣術を仕込んだのは、ジオルだ。 幼いスセンの護衛兼世話係をしながら、始めは身を守る術を教えていたジオルだったが、段々とそんな悠長な事は言っていられなくなって、本格的に剣術を教わるようになったのは、覡の長を襲名するよりも前のことだった筈だ。 司祭ではなかった彼だが、その剣術はヴァラトヴァ大神殿随一だったに違いない。 ヴァラトヴァ大神殿でスセンが暗殺者に襲われた時、自らも丸腰でスセンを庇ったジオルは、左目と左手を失ったが、その後共に旅に出てからも、彼の技量は劣らなかった。 スセンは未だに、本気になってもジオルに勝てる気がしない。 本当は、手合わせなどする気には全くならなかったが、断って今の話しを他の皆に根掘り葉掘り訊かれる方が煩わしいかもしれない。 スセンは仕方無く、ジオルが歩いていく方へ足を向けた。
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