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第1章 吟遊詩人の一座
夜の帳が降りて、静かな秋の森に虫達の鳴き声が遠く近くと絶え間無く聞こえてくる。
時折何処か遠くの方から獣の鳴き声が聞こえてくる他、この静寂を邪魔するものはない。
その中で焚火に当たりながら、スセンは手元の石に念を込めて、丁寧に磨き上げる。
と、向かいに座る男が唐突に咳払いをした。
「こういう静かな夜は、歌や詩を考えるのに最適だ。君もそういう時の過ごし方を覚えたまえ。」
時折、焚火に薪を追加する以外にこの静寂を乱した覚えはないのだが、少し面倒な男だと思いながら、スセンは黙って石を磨くことに没頭する。
「あー、君は良く無口だって言われないか?」
沈黙が耐え難いのか、男はそう言って視線を向けてくる。
「特には。」
短く返したスセンに、男は小さな溜息を吐いたようだった。
そもそも、何故彼と焚火を囲むことになったのかと言うと、ポダ・イスカを出て5日間の野宿で、朝晩の冷え込みが思いの外厳しくなってきたので、シオナを連れて天幕無しの野宿は辛くなってきたと判断したからだった。
と言って、ルトの里を出た時点で既にシオナの分の旅道具が増えていたスセンとカラトには、簡易なものでも天幕を持って歩くことは不可能だった。
大きな町に着いたら天幕と荷物引きの馬かロバを買うとして、それまでは商隊か旅芸人の一座にでも混ぜて貰おうと思っていた。
吟遊詩人の一座だという彼らに出会ったのは、6日目に辿り着いたステの村でだった。
定期的に近隣の村や町を回って演奏活動をしているという彼らは、10代から20代の男女5人組の一座で、シオナと年の近い女性2人と少し話してみたシオナが楽しそうにしていたので、迷わず同行させてもらうことに決めた。
彼らがこれから、本拠地としている古都ルマ・デュラムに戻るところだというのも申し分ない。
一座の代表者トリクは27歳の二胡弾きで、他の10代の4人を取りまとめて世話を焼いているという立場のようだ。
その他、18歳の小太鼓打ちのソダル、16歳の竪琴弾きのノアラ、15歳の縦笛吹きのリトラ、15歳の鈴輪を振りながら踊って歌うジリアの4人だ。
こちらは、ヴァラトヴァ司祭のカラトと弟子のスセン、同行者の巫女シオナということにしてあった。
ルマ・デュラムには、確かヴァラトヴァ神殿があったはずで、街に着けばスセンの方が司祭だと知られてしまうだろうが、無用な詮索はなるべく避けたかったのだ。
8人でステの村を出発した一行だが、最初の晩の夜番を決める際、何かあった時の用心にと始めの夜番をスセンが買って出たのだが、司祭の弟子ということで頼りないと思われたのか、トリクが付き合うと言い出した。
そんな訳で、始めの夜番をスセンとトリクが、夜中にカラトとソダルに交代し、朝方最年少のリトラと女子3人に朝食準備を兼ねて交代することになったのだ。
「なあ、さっきから何を磨いてるんだ?」
焚火の向こうからトリクが再び話し掛けてきた。
スセンは黙って磨いていた石を持ち上げて見せた。
トリクが焚火を回り込んでスセンの手元を覗き込んでくる。
今日、スセンが磨いているのは、黒曜石に鉱物が混ざり込んでまだらな模様を作りだした石だった。
トリクは石に触れようとせずに、目を凝らす。
「へぇ、綺麗なもんだな。そういうのも、司祭様になる修行の一環なのか?」
焚火の向こうに戻って行きながら、トリクが言葉を重ねる。
「いや、俺は覡体質でもあるから、そっちの修行に近いかな? でも、これは内緒にしといてくれるか?」
秘密めかしたスセンの言葉に、トリクは黙って頷くと、それ以上の追求を控えてくれた。
少しの秘密の共有は、迷惑な好奇心を封じて、これからの旅が続け易くなる筈だ。
「こんな静かな夜には、二胡の調べが良く似合いそうだ。何か弾いてくれないか?」
少しだけ砕けた口調で頼んでみると、トリクが相好を崩した。
「そうだな。じゃあこんな夜にぴったりの哀しい恋の曲を弾こうか。」
静かな夜の森に、虫の声に紛れるように二胡の物悲しい音が流れ始める。
スセンはそれを聴きながら、トゥヴァイラの為の石に念を込めながら磨き続けた。
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