第13章 音姫の納歌

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「ふうん、本当に普通に見て話すんだな。」 唐突にジオルから掛けられた言葉にシオナは我に返る。 ルトヴィラがよく分からない言葉を残して消えてしまってから、少し考え込んでしまったようだ。 「あの、神様の声は聞こえましたか?」 つい訊いてしまうと、ジオルは被りを振った。 「いや、俺には聞こえなかったな。元から俺は見る方はそこそこだが、声は神様の方が特別に聞かせたいと思って語りかけてくる時以外は聞こえた試しがないからな。」 そういうものなのだと、シオナは目を瞬かせる。 「で? お前は何者だ? あの方とどうやって知り合った? いつから一緒だ? 俺はあの方からお前のことは聞いてない。」 鋭い目を向けられて、シオナは怯む。 矢継ぎ早の厳しい追及のような問いに、シオナは何をどう答えていいのか分からなくてなって、黙り込む。 すると、カラトが横から助け舟を出してくれた。 「シオナとは、ルトの里で出会ったんです。騙されて雨乞い娘をさせられてたんですけど、スセン様が助けて、強い巫女体質だから所属したい神殿が出来るまでってことで一緒に旅することになったんですよ。」 カラトは簡潔に事実だけを述べてくれて、ほっとする。 この人には、シオナがスセンを想ってしまったことを知られたくないと思った。 「ところで、スセン様って2歳からヴァラトヴァ大神殿にいたんですか?」 カラトがさっきから気になっていたのだろう、話しを蒸し返した。 「ああ。あの人はな、2歳の時に何の知識も作法も知らぬまま、ヴァラトヴァの眷属神のヴァルイトとトゥヴァイラを呼び出してしまってな。慌ててヴァラトヴァ大神殿に引き取られることになったんだ。小さい内は、その二神が付かず離れず、必ずどちらかが側にいて、守り育ててるって感じだったな。」 スセンらしい話しだと思ったが、彼が特別だということが分かるたびに距離を感じて辛くなる。 「小さい頃からああだったんですか?」 カラトの次の質問には、何がああなのかと思ったが、ジオルは勝手に解釈したようだった。 「俺が面倒を見させて貰えるようになってからしばらくは、普通の子供だったよ。よく泣いてよく遊んで、悪戯もしてたな。だが、そんな守られた幼いままで居られる時間は長くなかった。」 何かどきりとするような気がした。 「まあ、そこからご苦労なさってるってことだ。」 何となく、適当に誤魔化されたような気がしたが、少しだけでもスセンのことが分かって、嬉しいような嬉しくないような不思議な気持ちになった。 こんなに情けない自分なのに、まだスセンのことを諦められないのだ。 あれほど、きっぱり恋愛はないと言い切られたようなものなのに、好きでいる気持ちを捨てられない。 辛いことだとキルクにも言われたのに、無かったことに出来ない気持ちが辛かった。 不意に、天幕の方から歌声が聴こえてくる。 「音姫様の歌?」 少し離れた所にいたキルクの声がする。 「どうして、歌を。」 ジオルと一緒に外に居て、心配そうにずっと中の様子を気にしていた身なりの整った男が、ぽつりと漏らすように口にした。 聴こえてくる歌は、音楽に余り明るくないシオナにも、これまでルマ・デュラムの街でも聴いたことがない程上手で、特別な響きを持って聞こえた。 リトラの笛の音色と少し感じが似ているような気がする。 天幕の外にいた皆は、その歌声に釘付けになっていて、身動ぎすら出来ずに天幕の方を向いている。 その中で、シオナだけがその波に乗り遅れてしまったようだった。 それはまるで、考え無しにここに付いてきてしまって、スセンに迷惑を掛けて、呆れさせてしまった自分に対する罰ででもあるような気がして、気分が落ち込んだ。 やがて歌が終わっても、皆惚けたように天幕の方を向いていて余韻に浸っているのだろう。 すると、天幕の中から透明な、でも以前よりもきらきらと鱗を輝かせているような気がする龍神が飛び出してきて、シオナの目の前で止まる。 『そなたには、礼を言わねばならない。あのヴァラトヴァ司祭を我等の元へ導いてくれたことに感謝する。』 そう口にした龍神の声は、リトラの声によく似ていた。 でも、シオナはそれに首を振る。 「私は、何もしてない。何の役にも立ってない。ただ、考え無しにみんなを危険に晒しただけだった。」 後悔の滲んだ口調で言い募ると、龍神の瞳が優しくなる。 『それでも、そなたがおらねば、こうはならなかったであろうよ。良いか娘よ、失敗も後悔も沢山するが良い。それは、いずれ先に進む為の糧になる。したが、その後悔の故に前に進めぬのは愚かというものよ。道の先は、常にそなたが決めるものよ。いつまでも立ち止まっていてはならぬ。』 透明な龍神は、それだけ告げると、用は済んだとばかりに空に昇って消えてしまった。
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