第14章 告白

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第14章 告白

日が暮れると、一気に気温が落ちてきた森の中で、焚き火で暖をとりながら、シオナは所在無げに佇んでいた。 ナダの町でアウナランガ軍に全員が無事解放されて、逃げるようにルマ・デュラムに引き返したが、徒歩では一泊は避けられず、途中の森の中で野営の準備が始まった。 後で聞いたところによると、スセンはあの場に正式な仕事として来ていたようで、実はルマ・デュラムの領主の息子だったリトラとアウナランガの使者との仲介もしくは、仲裁を行なっていたのだそうだ。 そのスセンは、領主側の使者と“隻眼の白描”の商隊長ジオルと隊員を何人か連れて馬で駆け付けたが、帰りは徒歩の一座に合わせて馬を引いて戻ることにしたようだ。 そんな訳で、いつもより大規模になった野営準備や天幕の提供、設営は“隻眼の白描”の隊員が行ない、食事の準備もしてくれるようだったので、シオナとしては手持ち無沙汰になってしまった。 一座の皆は、リトラや使者を囲んで無事を噛み締めあっていたし、スセンの側には常にジオルがぴたりと付いていて、カラトも何と無くその側にいるようだったし、この空間の中で、自分だけが行き場がないような気分になって、少し気分が落ち込んだ。 「シオナちゃん、大丈夫か?」 隣で焚き火に当たっていたキルクに声を掛けられて、彼も行き場が無いのかもしれないと思った。 「うん。」 それでも、これほど惨めなのは自分だけに違いないと、気持ちは落ちていくばかりだった。 スセンを怒らせて、呆れさせてしまった。 「彼のところに行って話してくるか? 付いて行こうか?」 キルクには、ずっとスセンの方を見てばかりいたことは、お見通しだったのだろう。 「ううん、話せることなんか無いよ。私なんか、迷惑掛けて、怒らせて、きっと呆れられてる。」 俯くシオナに、キルクが小さく溜息を吐いた。 「こんなこと言うべきじゃないかもしれないけど、彼が怒ってるとしたら、それは君を物凄く心配してたからだ。君が嫌いになった訳じゃない。ていうか、むしろ大事だからだろ、あれは。」 キルクの言葉にシオナは黙って首を振る。 「だってな。天幕に入ってきた彼は、まず真っ先に問答無用で君を外に追い出した。って見せかけて、一番に君を救い出したんだと思うよ。」 キルクの辛くなる程優しい解釈に、シオナは震える唇を噛み締めた。 「彼は、君のことを・・・」 キルクが何か言い掛けたところで、シオナは横合いから腕を掴まれる。 「悪いが少し借りていく。」 スセンの声が間近に聞こえて、シオナは俯いたまま顔が上げられなくなる。 スセンは、そっとシオナの腕を引っ張ってその場から連れ出すと、森の中へ踏み込んでしばらく歩いていく。 その間中、シオナは居たたまれなくて足元をみつめていた。 唐突に立ち止まったスセンが、シオナの腕をそっと離す。 「ごめん、こんな連れ出し方しか出来なくて。」 そう言うスセンの声は、抑えきれない感情を無理矢理押し込めたように、揺れていた。 「リトラを無事に救い出せたら、シオナと2人できちんと話しをしようとずっと思ってたんだ。」 シオナがそっと目を上げると、揺れるスセンの瞳が目に入った。 「なのに、いざとなったらどう話せば良いのか、どう話せばシオナを傷付けないのか、泣かせないのか分からなくて、近付けずにいた。」 まるで小さな子供の言い訳のように続けたスセンに、シオナは目を見張る。 「それは、私も一緒だよ。ずっと、スセンに謝ろうと思ってたのに、どう話し掛ければいいのか分からなくて、・・・ごめんなさい。」 また少し俯いて謝ると、スセンの手が頭に乗って、優しく頭を撫でてくれた。 「リトラの力になろうとしてくれたんだろう? 俺は立場柄、リトラの方にだけ手を貸す訳にはいかなかったから。結果として君が居てくれて助かったよ。」 スセンは、優し過ぎる。 優しく頭を撫でてくれて、それに嬉しいと感じてしまう自分に、苦しい程切なくなる。 「だから、もう泣くなよ。」 酷く優しい口調で言うスセンに、目頭が熱くなってくる。 「俺は最近、シオナが絡むとどうも普通では居られないみたいなんだ。さっきキルクと話してたシオナが泣きそうになってるのを見た途端、身体が勝手に動いてた。どうしてなのか、どうすれば良いのか、分からない。」 スセンはそう言って、視線を下げた。 シオナは目を見開いたまま、下を向くスセンを見詰める。 もう、駄目だ。 「スセン、ごめんなさい。私、スセンの事が、好きになっちゃった。迷惑だって分かってるのに、言わないでおこうって思ってたのに。こんな想いは捨ててしまおうって思ってたのに。もう、どうしていいのか分からないよ。」 するりと口から溢れ出した想いに、ずっと堪えていた涙が溢れ出す。 シオナはそのまま手で顔を覆って嗚咽を漏らした。 スセンが驚いたのだろう、動きを止めているのが判る。 呆れられるだろうか、怒られるだろうか、それとも冗談だと思われて信じて貰えないだろうか。 そのどれであっても、もう耐えられないかもしれない。 でも、飛び出してしまった言葉は戻らない。 不意に、頭が揺れて、おでこが何かにぶつかる。 気付けば、スセンの腕の中でぎゅっと強く抱き締められていた。 「シオナ、ごめん。」 頭に寄せた口から、何かを堪えるようなくぐもった小さな声が聞こえて、また唐突にスセンが身体を離した。 「今のは、聞かなかったことにします。私はこの件をこれ以上掘り下げることも考えることも止めます。」 シオナは、顔を覆っていた手から力が抜ける。 信じられないモノを見るようにスセンを見詰めると、彼は目を逸らして仕事中の硬い表情のままで、言葉を続けた。 「ジオルの商隊でお守りしながら、貴女をアド・ヴァルドのリダネラ大神殿にお連れします。」 何を言われたのか、全く理解出来なかった。 でも、一つだけ解ったことがある。 全てが終わってしまったのだと。 もう彼は、シオナに優しい笑みを向けることも、頭を撫でてくれることも、涙を拭ってくれることもないだろう。 もう、一欠片の希望さえもなくなってしまったのだと。 膝から、全身から、力が抜ける。 張り詰めていた何かが切れて、シオナは意識を手放した。
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