第14章 告白

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スセンがシオナを連れ出して森の中に消えてしまったお陰で、カラトは手持ち無沙汰になってしまった。 焚き火の側のキルクに近付いて行くと、彼は盛大な溜息を吐いてこちらを振り返った。 「何なんだ、あれは。覡だから恋愛禁止だとか、踏み込むなとか、散々言っておいて、あの娘に対しては、独占欲丸出しで強引に掻っ攫っていったんだぞ?」 「見てたから。」 何と無く宥めに入る羽目になったが、カラトとしても、スセンがそこまでだったとは、少し驚いていた。 「は? あの2人、本当にまだ付き合ってなかったのか?」 トリクの呆れたような声が割って入る。 流石にさっきのスセンの行動は目立った。 いつもの彼には有り得ないような余裕の無さと、強引さだった。 「あの人はあれで覡の偉い人みたいだからな。シオナはシオナでちょっとないくらい強い巫女体質だし。巫女とか覡は基本的に生涯独身、恋愛禁止らしいですよ。」 ついやる気の無い口調で答えてしまうと、一座の皆とキルクからじっとりした目で見られる。 「いや、だったらあの距離感は駄目だろ。」 トリクがもっともな突っ込みを入れるのに、カラトも頷く。 「そうだけど、スセン様自身はあれ無自覚だと思うんだよなぁ。シオナがまた自覚しちゃったところが可哀想なとこだけど、こればっかりはどうしようもないからな。」 ついぼやき節になったカラトに、キルクが肩を竦めた。 「なあ、ところで、スセンって一体何者なんだ? あの特使も何者だお前はってくらい偉そうだったけど、全く負けてなかっただろ?」 トリクの疑問ももっともだろう。 カラトもスセンのことは詳しく知らないが、流石にあれだけの大物特使と対等に渡り合って、全く動じないどころか、きちんと筋を通して勝ちに行くのだから、司祭としても並みじゃないことくらいは分かる。 「司祭様のことは詳しく分かりませんが、あの特使殿のことならば、心当たりがありますよ。」 そう言って、話しに割り込んだのは、領主の使者として来ていたモルドという男だ。 彼は天幕を出てから、一座の皆と一緒にいるリトラの隣にずっと付いている。 「モルドは以前に会ったことがあるの?」 リトラの問いに、モルドは少しだけ苦笑した。 「会ったというより、お見掛けしたという方が正しいでしょうね。そもそも、これを口にするのも本来ならば憚られるところですが、あの司祭様がおられる場でならば、問題ないでしょう。」 そう慎重に前置きをしたモルドは、少しだけ声を落とした。 「私はご領主様の使いでアウナランガの首都に何度か行ったことがあります。その時、アウナランガの王宮で、遠目に国王陛下のお姿を目にした事がございます。お身なりは勿論もっと整えていらっしゃいましたし、お言葉遣いも立ち居振る舞いも上品でご立派でいらっしゃいましたが、お年の頃とお顔立ちは見間違い様がございません。それに、司祭様の口になさったお名前も。違っていたなら訂正なさった筈です。」 皆が何とも言えない顔になる。 「えっ? お忍びとかいうの? スセンは当然気付いてたってことよね? 彼、大丈夫なの?」 ノアラが引きつった顔でそう言って、モルドに目を向ける。 「司祭様のことは分かりませんが、何か昔面識がお有りのようでしたし、ヴァラトヴァ神殿では相当な地位にいるようなことを言っておられましたから、無下には出来ないようなお方なのでしょう、としか。」 「それじゃ、スセン様のことは俺から話してやれば良いか?」 いつの間に側に来ていたのか、ジオルが口を挟んだ。 だが、その顔には面白がるような人の悪い笑みが浮かんでいて、カラトは何と無く嫌な気分になる。 スセンが隠して来た事情やらを、ジオルが全て語るとは思わないが、ジオルはスセンのように優しくはない。 知らない方が良かった事を知ってしまった者を、気遣うことはないだろう。 それに、スセンのように誰かに危害が及ばないように黙っている、ということもないに違いない。 「最近親離れか反抗期か、近寄っても来ないし、まともに話しもしてくれないけどな。」 ジオルのその冗談には笑えなくて、妙な空気が流れる。 「あの、それでスセンは実際、ヴァラトヴァ神殿でどの位の地位にいるんですか?」 それでもリトラが、気を取り直したようにそう問い掛ける。 天幕の中で全てを聞いていたリトラは、疑問に思っていたのだろう。 「あの方が2歳でヴァラトヴァ大神殿に入って覡の修行を始めて以来、他神の覡や巫女も含めてあの方に追随出来る能力者は只の1人もいない。そんな訳で、あの方は6歳から全ヴァラトヴァ神殿の覡と巫女を統括する“覡の長”の位に付いておられる。」 一座の皆はぴんと来なかったようだが、先日スセンに説明を受けていたカラトは、その話しでシオナの顔が浮かんだ。 「その他に、スセン様は正司祭としての地位も持っておられるから、今問題なくヴァラトヴァ大神殿に戻ったら、その地位は上から数えて5本の指には入るだろうな。」 軽く答えたジオルの口調の所為で、そんなものかと皆は思ったようだった。 カラトは、ちらりと目を逸らして、溜息を堪える。 それがとんでもないことだとは、気付かなかったことにしようと心に決めた。
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