第15章 想いの行方

2/2
23人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
音の広場で儀式を執り行った翌朝、スセンは“隻眼の白描”と共にルマ・デュラムを出発した。 ヴァラトヴァ神殿を出る時、かなり正式度の高いお見送りを受け、街の門ではトリク達一座とキルクに見送られて旅立った。 シオナとカラトは商隊の商人達が乗る馬車に乗せて貰い、スセンは護衛隊に混ざって馬に乗ることになった。 あの告白を受けてから、シオナとはまともに話していないどころか、きちんと顔も合わせていない。 どうしているか気になって、それなのに、気にしていない風を装うのが辛くて、避け続けていたのだが、いざ商隊に混ざって旅を始めると、手持ち無沙汰で余計な物思いに駆られて、彼女のことが気になって仕方がなくなった。 午前中一杯、彼女の様子を見に行きたい衝動と戦って、自分の方から傷付けておいて何を言うつもりだと自分を詰り、散々疲弊した後で昼休憩に、スセンはクルドを探して商隊の後方に向かった。 ジオルから、クルドは最後尾の商人達の馬車にいると聞いていた。 “隻眼の白描”は、スセンが5年前“ヴァラトヴァの聖使”の役目を頂いてヴァラトヴァ大神殿を出された時ジオルが結成したものだ。 役目の性質上、表立って護衛隊を結成する訳にはいかなかったスセンを守る為に、その隠れ蓑にする為の商隊だった。 結成当初はもっと規模の小さい商隊だったが、5年の内に随分と大所帯になっていた。 今では、商人達が乗り合わせる馬車が6台と、旅の備品や食糧を運ぶ為の馬車が1台、護衛隊の交代要員が休憩する為の護衛隊用の小型の馬車が1台で、それを囲む護衛隊の馬が10頭という内訳になっている。 休憩時の食事はそれぞれの馬車単位か、精々が隣り合う馬車同士が協力して用意する程度の繋がりだ。 だが、ジオルはその集団を適度に回って、上手く纏め上げている。 クルドがいる馬車の集団には、女性商人が多いようだが、クルドはその中でも上手くやっているようだ。 スセンが近付いていくと、クルドは心底驚いた顔になって出迎えた。 「悪いがクルド、少し話しがあるんだが。」 食事の準備を手伝っていた様子のクルドは、一緒にいた女性商人に断って、スセンの方に近付いてくる。 「ジオルさんにここの馬車に混ざるように言われた時は、もう二度とスセン様に関わるなって引き離されたんだと思ってましたよ。」 何処か嬉しそうにそう言ってきたクルドに、スセンは苦笑する。 引き離そうとしたのは自分で、ジオルが何を考えていたのかは分からないが、そのクルドに頼ろうとする自分が一番情けないと思った。 クルドは何かを察したのか、自分から集団を離れる方へ歩き出した。 暫くそうして歩いて行きながら、スセンは彼を誘い出したものの、纏まらない自分の思考に困っていた。 「それで、スセン様が俺を呼び出すなんて、どうしたんですか?」 誰にも聞かれない程離れてから立ち止まったクルドにそう問い掛けられる。 「シオナの様子を見て、気遣ってやってくれないか。」 一番の望みがするりと口から出て行った。 「は? 貴方はまさか、あの娘を。」 少し険しくなったクルドの顔から、スセンはさっと目を逸らした。 クルドの口にしたまさかが何に掛かるのか分からなかったが、彼女の為になり振り構わずになる自分が忌々しくなる。 「成る程。ねぇスセン様、考えたんですけどね、俺個人として、貴方の為に働いちゃだめですか?」 スセンはそのクルドの言葉に、驚いてつい険しい顔になる。 「駄目だ! 俺の為にお前が危険に晒される必要は無い。」 途端に、クルドの顔から笑みが消える。 「じゃあ、シオナちゃんのことはご自分で何とかするんですね。」 そう厳しい口調で言われて、スセンはさっと頭が冷えた。 そうだ、そもそも自分で傷付けたシオナを他人に慰めて貰おうというのがおこがましいことだったのだ。 「済まない。お前の言う通りだ。シオナのことは忘れてくれ。」 言って踵を返したスセンを、クルドの盛大な溜息が振り返らせる。 「ほんっとに、貴方は馬鹿がつく程くそ真面目で、欲が無さ過ぎる。もの分かりが良過ぎだ。」 何を言われたのか分からなくて、スセンは少し顰めた顔でクルドを見詰める。 「大人に混じって過ごして、大人の分別を当たり前のように要求されて、汚いところも人の表裏も見尽くしてるはずなのに、何で自分に対してだけは、鉄壁な聖域を敷くんです?」 それでもクルドの言いたいことが解らなくて首を傾げると、またクルドが溜息を吐いた。 「私はしがない商人の端くれですけどね、貴方よりは年上で大人だ。俺のいい加減ずる賢くなった大人の感覚で言わせてもらうと、あんたらまだ子供なんだから、我が儘の一つも言えば良い。」 「・・・それは、無理だな。」 漸く解ったクルドの意図に、スセンは小さく笑みを作った。 「はあ、まあそうでしょうね。」 どこか諦めたようなもどかしいような口調で返したクルドに、スセンは苦笑した。 「あの()のことを俺に任せるなら、俺はスセン様の気持ちをあの娘に教えますからね。」 スセンは、ぱっと顔を上げる。 「どうにもならないことを彼女に教えてどうする。余計な期待をさせて、余計に辛くさせるだけだ。」 スセンの反論に、クルドは余裕な態度で首を振る。 「それこそ間違いだ。一緒に居られないことが解ってて、向き合う事も許されないんなら、せめて離れてても互いを想い合ってるっていう方が、心の支えになるんじゃないですか?」 スセンは、真面目な顔でそう語ったクルドを見詰める。 そんな自分に都合のいいことが許されるのだろうか。 それよりも、他人に受け入れられない何かを持つ自分のような者が、彼女を想ってもいいのだろうか。 誰よりも愛しくて傷付けたくない大事な人を。 「それに、そうじゃなきゃ、あの娘は自暴自棄になってしまうかもしれない。最悪自分で自分を傷付けるってこともあり得る。」 クルドの言葉が胸を抉る。 「彼女を傷付けたくない。だが、想いを受け入れることも出来ない。向き合う訳にはいかないんだ。」 苦しい胸中を明かすと、クルドはふっと笑った。 「だから、俺に任せておきなさいって。2人が折り合えるギリギリを探ってみせますよ。・・・ほら、俺は役に立つでしょう?」 勝気に言い切ったクルドに、スセンは口の端を歪めて苦笑してみせる。 確かに、クルドが居てくれなければ、正直今の状況をどうしていいのか分からなくて、まだ惑い続けていたに違いない。 シオナへの想いを押し込めず、持ち続けることを許されるのなら、どれ程良いだろうか。 自分の身にこれから何が起ころうとも、避けようのない死が待ち受けていようとも、心の奥底にあるのが、絶望だけではないとしたら、これ程嬉しいことはないだろう。 スセンは、苦しい胸の内に小さく湧き起こった光に、小さく笑みを浮かべた。 ーーー終わり。
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!