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川で写真を撮り、遊んでいる間に、楓の気分も上向いてきたようだ。小一時間経つ頃には、元通り天真爛漫にはしゃぐ楓が戻ってきた。
道源の家を過ぎて以来、一成は昨夜の話題を努めて避けた。楓は普段通りに過ごしたいのだろう。目元に隈が残り、顔色が優れない。無理をさせたのは自分だ。
一成は楓にスマートフォンを渡し、自由に撮らせた。真っ先にこちらにレンズを向けてきたのには閉口したが。
「ちょっと、楓君。俺は撮らなくていいよ」
「なんで? 撮らせてよ。一成さん、かっこいいもの」
「あのね、俺は自撮りなんてしないのは知ってるだろう? 自分の写真なんていらないよ」
それを言うなら楓の方だ。中性的で整った顔立ちは、きっと男女問わずに人気が出るだろう。SNSも自撮り写真を上げていたら、きっともっとフォロワーも多かったはずだ。
「ねえ、撮ろうよ。いい?」
楓は退かない。
「仕方ないなあ。じゃあ、一枚だけ」
そうして撮らせた写真を確認すると、画面の中の自分はどうにも締まりのない顔つきだった。それでも楓は目を細めている。
「僕、この写真欲しいなあ。印刷できないかな?」
「コンビニとかがあればできるんだけど……」
白志多にコンビニエンスストアはない。楓は名残惜しそうにスマートフォンを返してきた。
「東京に戻ったら、ここで撮った写真を印刷して送るよ」
一成が言うのに、楓はふいと向こうを向く。
「僕、疲れちゃったな」
「ゆっくりしようって言ってた割に、遊び過ぎちゃったね。そろそろ帰ろうか」
楓がほっと息を吐く。
「そうだね。帰ろう。うちでのんびり……」
「……スマホゲームでもする?」
数か月程度でスマートフォンを取り上げられた子だ。SNSに慣れていなかったのと同様ゲームにも慣れておらず、興味があるに違いない。
果たして楓は喜色を浮かべた。
「いいの?」
「いいよ。俺のスマホに入ってるゲームでよければ、ちょっとだけね」
「やった! ありがとう!」
楓は弾むように歩く。土手を上り、本道に戻って、くるりと回った。
「ねえ、どんなゲーム入ってるの? 僕はねえ、パズルが好き!」
「パズルゲーム、あったと思ったな」
一成はさほどゲームに熱中する方ではない。パズルゲームと、RPG、それにカードゲームか何かを入れていたはずだが、ごくたまにしかプレイしないので内容もほとんど忘れてしまっていた。
通りに立つと、自然と道源の家に意識が吸い寄せられる。そこから少し離れた場所には、集会所が建っていた。
一成は首を捻った。
「楓君、あの集会所だけど、開いていることもあるのかな。俺が来てからはずっと閉まってるみたいだけど」
「たまに開いてるよ。町内会の集まりの時とか」
「ああ、なるほど」
むろん、そのための集会所だろう。
「集会所の管理は誰がしているの? もしかして……道源さんだったりする?」
「知らない。でも、違うと思う。いまは会長さんじゃないから」
「じゃあ、いまの会長さんが鍵を持っているんだね。どんな人?」
「えらい人」
それではわからない。一成は唸り声を噛み殺した。
「道源さんも会長さんもえらい人みたいだけど、他にもそういう人はいるのかな。知ってる?」
いまは会長ではないと言ったからには、かつては会長だったのだ。町内会によっては人事が固定的、あるいは数人で持ち回りのことがあり、それが楓の言う「えらい人」ではないかと一成は推測していた。
「うーん……。知ってるけど……。そんなこと聞いてどうするの?」
楓は言い渋っている。
一成は頭を巡らした。
「あの集会所に泊まれないかと思って。ほら、ああいうところって、災害の時の避難所になっていることが多いだろう? あの集会所もそうなんじゃない?」
「知らない」
楓はつまらなさそうに言った。
「白志多で何かあったらみんな死ぬんだよ。逃げるところなんてどこにもないんだもの。みんな押し流されておしまい」
彼の言うこともわかる。白志多は多少の凹凸はあるものの、全体として谷底の集落だ。水害にせよ、土砂崩れにせよ、災害が起これば全域が等しく被害を被るだろう。
「それでも、なんらかの備えはしてあると思うんだけどな。最低でも毛布くらいは。どう?」
「さあ。僕、わかんない」
真実を言ってはいるのだろうが、楓も頑なだった。
「ちょっと見てきてもいい?」
「いいけど、なんで? 一成さんはうちに泊まってるんだし、別に集会所に泊まらなくったっていいでしょう?」
「うん。ただ、ちょっと気になるんだ」
「ふうん。あんなところ、見ても面白いものじゃないと思うけどな」
楓は一成の後ろからついてきた。集会所に着き、玄関戸に手をかけるも、やはり開かない。周囲を回ってみると、裏にはプレハブ物置が建っていた。備蓄庫だ。災害時の備えだった。
「やっぱり避難所にはなってるんだろうな……。まあ、部外者が泊めてくれっていうのは図々しかったんだろうね」
「白志多には泊まるところもないんだからしょうがないよ。でも、こんなところに泊まらなくてよかったんじゃない? だって、ここ、嫌なところだもの」
「嫌なところ?」
「町内会の集まりって、告げ口大会なんだって。僕がSNSやってることお母さんにバレたのもそのせい」
「ああ……。そういうことか。それは嫌な思いしたね」
「本当にね」
楓は地面を蹴った。
「だからこんなところ、泊まらなくてよかったんだよ。もし泊まってたら、一成さんも何言われてたかわかんないよ」
集会所に泊まっていてもいなくても、裏では悪し様に罵られているのではないか。一成はひそかにそう思った。
ここは滅びていく集落だ。観光資源もなく、よそ者を拒み、住民たちも互いにあら探しをしているようだ。それでは発展など望めまい。
「景色を売りにしたら、都会人は結構来ると思うんだけどな。残念だね」
一成は呟いた。
「ねえ、もう帰ろうよ。こんな話、余計疲れちゃう。ゲームさせてくれるんでしょう?」
楓は一成の手を引っ張っている。
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