第五章 信じたの?

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 花川家は父親も母親もいまだ不在だった。伯母のところに行っているという母親はともかくとしても、父親はどこへ消えたのだろう。 「お父さんって、何か趣味はあるの?」  訊いてみたら、楓は背中で答えた。 「パチンコ」 「へえ。じゃあ、今日もパチンコかな?」 「たぶんね。今日は夜まで帰ってこないよ。休みの日はいつもそう。家になんていたことないの」  つまり、もし一成がいなければ楓は夜までひとりということか。昨夜のことがあるのに、ふたりとも心配ではないのだろうか。 「伯母さんがいるんだったね。いとこはいるの?」 「いるけど、あんまり知らない。遊んだことないから。ちっちゃい頃はあったかもしれないけど」 「同じくらいの歳?」 「ちょっと上」  これだけ狭い地域で親戚付き合いが薄いというのも奇異に思える。母親と伯母は親しいようだから、そこから締め出されているのは楓なのだ。  ――妙だな……。 「いとこはいまも白志多にいるの?」 「知らないってば。聞いたことないもの。だけど、外に出てもみんなから帰ってこい帰ってこいって言われるんだって」 「それは、誰が言っていたんだ?」 「お母さん。若い時に町のホテルで働いてたんだって。寮があって、そこに住んでたみたい」 「えっ? それってもしかして、駅前のホテル?」  楓は首を縦に振った。 「そうだと思う。お客さんは変な人ばっかりで、嫌なことたくさんあったから、帰ってこいってみんなが言ったのは正しかったってお母さんは言うんだ。白志多の方がずっといいって。町になんか行かなくていいって。だけど、僕、そういうの全部嘘なんだと思う」 「嘘?」 「うん。ホテルで働いてたのは本当かもしれないけど。だけど、変な人ばっかりっていうのは、たぶん嘘。外は嫌なところだから、白志多から出るなって僕に言いたいんだと思う」 「それは……その……ちょっと考え過ぎじゃないかな」  一成が軽く叱ると、楓はむくれた。 「絶対そうだよ。お母さんは嘘つきなんだ」  母親のことをそんなふうに言うものではない。が、今朝の態度を思い返すに、あり得ないことでもないと一成も思い始めた。  嫌な話題だと楓も思ったらしく、こちらに水を向けてきた。 「一成さんは、いとことかいるの?」  無難な方向だった。 「いるよ。だけど、いまどうしているのかはよく知らないな。確か、ひとりは仙台にいるはずだけど」 「センダイ?」 「宮城県。東北だよ」  一成はスマートフォンに日本地図を表示して、楓に見せてやった。 「あとひとりいるんだけど、どうしているのかなあ。俺も楓君のことは言えないね。いとこが何をしている人なのかも知らない」 「本当だ、僕と一緒だね。いとこなんてそんなものなんだよね」  楓も安心したようだ。 「ねえ、一成さん、ゲームは? ゲームやらせてよ」 「そうだったね。ごめんごめん。パズルがいいんだっけ」 「うん。見せて見せて」  一成のスマートフォンに入っているのは、有名なキャラクターもののパズルゲームだ。暇潰しのつもりでダウンロードして、数日プレイしたら飽きてそのままになっていた。  画面を覗き込んだ楓は、面白そうに笑う。 「一成さん、ゲームでもつくしさんなんだね」  ユーザーネームは楓とやり取りしていたSNSと同じだ。何をするにも大体これである。 「ほかの名前を考えるのも面倒くさくてね。変えたかったら変えてもいいよ。俺は、それ、もうやらないと思うし」 「そう? それならかえでにしちゃおうかな。どこで変えるの?」  一成はゲームのプロフィール画面を教えてやった。楓はアイコンと名前を変える。かわいらしい猫の「かえで」ができあがった。 「僕ね、猫飼うのが夢なんだ。あ、それとね、猫カフェも行ってみたいの。一成さんは行ったことある?」 「俺はそんなに猫が好きなわけじゃないから……。だけど、動物はいいね。癒される」 「この辺は野良猫もいなくってつまんない。おかあさんも絶対飼わないって言うし。猫は化けて出るからだめなんだってさ」 「化けて出る?」  一成はどきりとした。  ――お化けが来るから消すね。  蔵の写真を削除した時、楓が言った言葉だ。 「化けて出るって、どういうこと?」 「化け猫ってあるでしょう? ここの人たちはそういうの本気で信じてるんだ。他には、夜出歩く子どもは川に(さら)われるとか」  迷信の類いだ。一成の田舎でも、年寄り連中は似たようなことを言っていた。 「楓君も信じてるの?」 「ううん。だって、ばかみたいだもの。夜出歩いてただけで川に攫われるなら、僕なんかとっくに溺れてるよ」  信じていないのならば、なぜ「お化けが来るから消す」などと言ったのだ。 「夜出歩く子どもだったの?」  楓はこの問いに直接は答えなかった。 「暗くなってから歩くとね、街灯のオレンジ色がぽつぽつ見えてくるんだ。間はすごく暗いの。僕は街灯の数を数えてる。下を通る度に。うちの傍にあるのがひとつめで、よっつ数えるまでに逃げないと、お化けに食べられちゃうんだ」  詩を朗読するような調子だった。一成はごくりと唾を飲む。 「それも言い伝えか何か?」  これにも、楓は違う答え方をする。 「よっつめは、あそこにある」 「あそこ? あそこって、どこ?」 「蔵」  一成の背中に冷たいものが落ちる。 「楓君、昨日、君はやっぱりあの蔵にいたんだね。そこで――」 「ねえ、これどうやってやるの?」  唐突だった。楓は既にプレイ画面を開いている。制限時間のあるゲームで、一プレイ六十秒のタイムが減り始めていた。  一成は肩の力が抜ける。 「ええと、同じキャラクターを繋げるんだよ。縦でも横でも斜めでもいいから、とにかく同じキャラクターをたくさん繋げるんだ」 「こう? あ、できた」  楓の指先が、画面を撫でる。何度も。時に迷いながらも、楽しそうに。
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