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 世の中の大半は、手に届く範囲のモノで出来ている。知らなければ知らないで何となく生きて行けるし、考え過ぎなければそれなりに楽しくやれる。  その日は気持ちの悪い位の静かな雨で、窓のこちら側のざわめきが作り物の音に聞こえた。 「清人、叔父さんに挨拶して」  姉の月子に呼ばれ、清人はやっと窓から目を離す。振り返ると、叔父夫婦が丁度リビングに入って来るところだった。 「きよひとぉ、遊ぼぉ!」  従兄弟の礼也がまとわりついてくる。 「こんちは、礼二叔父さん」 「おお、清人。悪かったな今日は」  リビングのソファに座りながら、礼二は謝った。 「いや、いいよ。裕子さん達は来てくれたんだし、仕事じゃ仕方ない。なぁ?礼也」  いつの間にか自分の膝に乗ってきた幼い従兄弟。なぁ?とおうむ返しに応える笑顔に癒された。お茶を用意して来た月子に、礼二が聞いた。 「滞りなく済んだのか?」 「うん、今回は孝一伯父さんには遠慮して貰って、全部私が仕切ったの」  出されたお茶に手をつけ、一口啜る。 「七回忌か、早いな」と、叔父が何となく和室へと目を向けるので皆、一様に従った。 「そうか、じゃ俺たちも線香上げて帰るか」  そう言って礼二が和室へ入って行く。それに続いて清人も、礼也の手を取り入り口に立った。  リビングに併設された六畳ほどの部屋。両親の写真が飾られた小さな仏壇に、叔父が懸命に手を合わせている。その肩越しに見える母の写真に向かい清人は、十六才になった、と小さく呟いた。  六年前の八月二七日、両親が死んだ。事故だった。  両親は子供たちの目から見ても鬱陶しいくらい仲が良くて、その日も塾に行った月子を二人揃って迎えに行き交差点で事故にあった。  月子は塾の前で両親の車がトラックに体当たりされるのを見た、と後から叔父が教えてくれた。だから、心を痛めた姉を大事にしてやれ、と。  母は即死、父親は事故から五日目に旅立った。  母の居ない世界に取り残された父を想像すると、二人一緒に逝けた事は彼等にとっては幸せだったのかもしれない。  あの日、清人はゲームに夢中でろくに両親の顔なんて見ていなかった。  いつもなら、そのまま。  けれど、その日は何故か途中で手を止めて間際に話しかけた。  わざわざ二人で行く距離でもないじゃん、そう言った清人に母は嬉しそうに「いいでしょ?父さんと二人でドライブよ!」と笑った。  その顔が、清人が知る母の最後の顔になった。  清人がじっと両親の写真を見つめていると、俯いていた叔父の頭がゆっくりとこちらへ向いて月子と妻の裕子へと目配せをする。そうして立ち上がるとすれ違い様に清人の肩を軽く叩いて、帰るよと叔父家族は玄関へと向かった。  清人も礼也に引っ張られ部屋を出る。玄関の外で叔父家族を月子と見送り、車に乗り込むのを二人で見届けた。 「姉ちゃん、後は俺いるから、先に家入ってていいよ」 「そう?じゃ、お願いね」  姉が家へと入るのを確かめるように目で追う。そうしてから叔父の車に視線を移した。ゆっくりとUターンをしてきた車が、清人の前に止まる。  何か忘れ物でもしたのかと思っていたら、叔父が車の窓を下ろして言った。 「清人、月子を頼むぞ」 「わかってる」  そう言って笑うと、叔父は軽く手を降って車を走らせた。小さくなって行く灯りが角を曲がって完全に叔父の車が見えなくなる。清人はその角を見つめたままわかってる、ともう一度言った。  叔父家族を見送って清人は「帰ったよ」と姉に聞こえるように声を出して部屋に入る。リビングに来ると、テーブルに小さなケーキが置かれていた。一足先に家に入った姉が用意してくれたらしい。清人は苦笑して、台所に立つ月子に言った。 「別に今年はよかったのに」 「私じゃない、あんじが持ってきたの。いい歳した弟の誕生日なんて、やるわけないでしょう?」  そう、そして八月二七日は清人の誕生日と母の命日という、向井家にとっては特別な日になったのだ。ケーキの上のクリームを一すくいして口にいれると、丁度いい甘さが広がった。 「パッケージ」
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