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 アルバイト先のバックルーム、清人は二人からの返信の知らせを見て、ロッカーに荷物と携帯電話を押し込んだ。  コンビニの制服に袖を通し時間を確認すると、まだ自分が入る時間には少しあったが、さあ売場へと思ったところで、一緒にシフトに入るアルバイトの先輩に引き止められた。 「向井、月曜って入ってる?」  聞き方で大体の内容は掴めたが、清人は至って普通に答える。 「いや、休みですけど」 「悪い、代わってくんね?俺、三者面談なの忘れててさ」  やはり休みの交代だ。清人は月曜の予定を頭の中でサッと思い浮かべて、良いですよと返事をした。 「三者墾って今時期でしたっけ?」 「いや、俺の場合は全然進路決まんないから親呼び出し。向井は将来的にやりたい事あるの?考えておいた方が良いぞ?」  将来、という言葉に清人はぴんと来なかった。だから、少し考えてから、働くと答えた。 「働きたい業種とかあんの?」 「ないです。何でもいい」 「ふぅん。でもあれだな、就職って決まってんなら楽だな」  自分に選択肢等無い、姉や周囲の人達の善意があって今の生活が成り立っている。早く自立する事が清人の目標だった。 「ですね」 「俺なんて、働くのも嫌だし、勉強もなぁ」  先輩の呟きを聞きながら、二人して売り場へと出て行った。いつもと同じ業務、変わらない顔触れ。清人は仕事中に考え事など、これまではしたことがなかったが、この日は先輩にされた質問がずっと脳内の奥で繰り返されていた。  それはまるでぐるぐると煩い蝿のようで、清人はレジ業務に集中するのが大変な程だった。  アルバイトが終わり、夕方の六時には最寄り駅に着いた。まだ明るい道をとぼとぼと歩きながら、途中スーパーに寄った。月子に頼まれたメモ用紙を捜す。ズボンのポケットを探ると、鍵と一緒に丸まってポケットから出てきた。玉ねぎにジャガイモ、清人は家の冷蔵庫を思い出し、カレーでも作っておけという事か、と呟いて買い物かごを手に取った。  買い物を済ませて家に着くと、先ずあんじにメールを送る。そうしてから着替えて電話をした。 「もしもし、俺、今帰ったとこ。え?ああ、洗濯物取り込んでる」  電話をしながら、取り込んだ衣類をリビングのソファに置き、テレビを点ける。とりとめの無い会話をしながら家の作業をするこの時間が、清人はとても好きだった。たたみ終えた衣類を自分の物と姉の分とに分けて、清人は時計を見る。 「ゴメン、あんじ。そろそろ飯の仕度するわ、うん、じゃね」  切れた携帯を眺め、ソファにおくと、今度はカレーの準備に取りかかった。風呂の準備も終わり、先に独りカレーを食べる。食べ終わった食器を洗いながら清人は何となく落ち着かない気持ちになった。どきどきと、心臓が嫌な音を立てる。清人はゆっくりと息を吐き出すと、気を紛らわす為、音楽をかけながら入浴する事にした。  たっぷりと時間をかけて風呂から上がる。バスタオルで強めに顔を擦ると、幾分かは気が晴れた。  ふと時計を見れば時刻は夜の十時を指そうとしていた。  テレビを点けているのにも関わらず、カチカチと時計の音がやけに大きく聞こえる。そろそろ月子が帰ってくる筈の時間だ。  清人はもう一度時計に目をやると、携帯と鍵を取り部屋を出た。夜も十時を回ると、帰宅中の人の群れも疎らになる。ましてや、清人達が住む住宅地は駅から離れている為に、ほとんど人が通らない。  清人は自宅にほど近いコンビニで飲み物やお菓子を買い、駅に向かった。 「清人!」 「あぁ、姉ちゃん」  駅前通りで月子と鉢合わせた。月子が清人の手に視線を移す。すると、清人は持っていたコンビニの袋を軽く掲げ、アイス、と笑った。 「そう、で?迎えに来てくれたの?」 「ん?あぁ、ついでにね。ついでだよ」  照れ臭そうに俯く清人を見て、今度は月子が笑う。 「最近、ついでに、が多いわね。心配なら一巳に来てもらうけど」  月子の言葉に清人の足が止まった。 「薄々は気付いてたけど、マジで付き合ってんの?」 「何よ。いけない?」  振り返ると、清人が追い付いて来て「別に。一巳ちゃんなら安心だし」と吹き出す。月子はその頭を叩きながら、笑ってんじゃないわよと釣られて笑った。 「いや、真面目な話。俺が家を出るようになってもさ、一巳ちゃんがついててくれるなら安心だし」  不意に真面目な口調になった弟の横顔を、月子は横目に眺める。 「何言ってんの!あの家は長男のあんたが住めば?私は自分好みの家に住むから」  そっちこそ、と反論をしようとして清人は口を嗣んだ。月子の目が「貴方にはあの家を出る事は出来ないでしょう?」そう語っていたから。  清人は姉の視線に耐えきれず目を反らす。とぼとぼと歩く自分の足を見詰めて呟いた。 「なぁ、姉ちゃん。あれってホントかな?」 「何?」 「人生はプラスとマイナスがちゃんと帳尻合うようになってるって、あれ」 複雑な表情を浮かべ姉を見た清人を、当の月子は困惑の表情で見返した。すると、目の前の弟の眉が下がり、薄く笑う。 「・・・・恐いよな」  清人は誰に言うでもなく呟くと月を見上げた。  人生はプラスマイナスゼロ。幸せな時があれば、不幸な時もある。では、今は・・・・ 月子は清人のその不安そうな横顔から目を反らす事が出来なかった。
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