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鯉ヶ沢を知れば知るほどに藍染先輩が言っていた、転入生はクイーン候補かもしれない、という言葉が当てはまらないような気がしてくる。
―そういえば鯉ヶ沢は、クイーンと儀式のことを知っているのだろうか。
ふと考えていたときだった。
弁当を食べ終えて片づけていた鯉ヶ沢がタイミング良く、僕に訊ねる。
「あのときおれはセンパイに会えて幸運だったわけですが。センパイはさ、たぶん不運だったんでしょうね。あんな姿をおれに見られて。あそこでただ水浴びをしていたってわけじゃないんでしょ? なにか儀式的な。……そうだ。ひょっとして、あれですか。クイーンの浄化儀式っていうやつ。確か転入の説明を受けたときにそういう特殊なのがこの学校にはあるって聞かされたっけ」
「その通りだよ。僕がそのクイーンだとして、あのときあの場にお前がいたことはこちらとしても良い状況ではなかったのは、確かだね。そのクイーンの制度について鯉ヶ沢は、どういう風に聞いているわけ?」
「どういう風って。そうですね。この学院にしかない特殊な制度があるけれど、それに関係している生徒以外は特に厳しい規則もなく他の高校と変わらないって。制度については選抜された生徒しか儀式を行えないから、彼らは特別扱いされてはいるけれど、委員の役員のようなものだから、って」
「儀式の詳しい内容は?」
「一般の生徒には知らされないんでしょ?」
鯉ヶ沢はゆっくりと首を横に振る。儀式の内容を知らないようだった。クイーンの候補なら学院に入る前に説明を受けるはずだ。
―一般の生徒、か。
やはり鯉ヶ沢は新しいクイーンとしてこの学院に呼ばれたわけではないらしい。
「じゃあ鯉ヶ沢はさ、どうしてこの学院に転入してきたわけ? こんな半端な時期にさ」
「それは……」
鯉ヶ沢がなにか言いかけた、そんなとき。時刻を告げるチャイムが院内に鳴り響いた。
僕も鯉ヶ沢もその音に反応して耳を傾ける。
鯉ヶ沢が呟く。
「あれ? このチャイムって、ひょっとして」
「授業開始五分前の予鈴だよ。もうこんな時間か。急いで校舎に戻ろう」
「そうですね。教室までちょっと距離がありますし。……あ、待ってセンパイ。あの儀式のことだけど。本当に、言いふらしたりしませんから、おれ。絶対に、誰にも。けど安心できないって言うならセンパイが、おれのことを監視してくれて構いません」
食べ終えたものを慌てて片づけて立ち上がった僕に、鯉ヶ沢が再度念を押すように繰り返して聞かせた。振り返るとその眼差しとかち合う。笑ったりしていない。真剣だと伝わってくる目が僕を見ていた。
「……監視って、そんな。そこまでは、疑ってないけど」
ドキリ、と心臓が脈打つ。言葉が喉に詰まって苦しさを覚えた。
僕は呟き、ぎこちなく頷く。
「くれぐれも、ね。よろしく頼むよ。本当に体裁は良くないんだから。知られたくない」
「了解です。じゃ、急いで戻りましょうか」
鯉ヶ沢は安堵したように表情を緩めた。そして今度は率先して僕より前に立って屋上を出て行く。僕もその後を追いかける。
内心は複雑な思いで一杯だった。どうしても言葉が出てこない。
鯉ヶ沢のせいで儀式が失敗したなんて、言えない。そのせいで僕の身が大変なことになっているなんて、とても言いづらい。伝えるべきなのに、言い出せない。
―偶然あの場に居合わせただけの鯉ヶ沢に、責任を負わせていいのか……? 双方の命が懸かっているかもしれない、なんて。突拍子もないことを、言えるわけがないよ。
わずかな間だけだが話してわかった。鯉ヶ沢はどこにでもいる普通の男子学生だ。
先輩を気遣うことができる普通の後輩で、あの出会いさえなければごく普通に転入して、普通に高校生活を送るはずの人間だ。
巻き込んだのはむしろこちら側なのに。その鯉ヶ沢にいきなり命の選択を迫るなんて、とてもできない。無理な協力を強要することも、できそうにない。
けれど僕には時間がないのも確かだ。
―どうすれば。一番良いんだろう……?
迷いながら、僕は先を歩く鯉ヶ沢の背中を見つめていた。
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