その物語のはじまりを僕は知らない

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 人生はなにが起きるか予想できない。思いもよらない方向へ転がっていくものなのだろうか。  鯉ヶ沢の名前を知ったその晩の寮で、彼に会って話したことを藍染先輩に伝えた。  行き違いがあって鯉ヶ沢に会うことが叶わなかった先輩は残念そうにしていたが、後日また改めて会いに行くらしい。  鯉ヶ沢はクイーンの候補ではなさそうだと僕は意見を述べる。それでも藍染先輩が鯉ヶ沢と接触を図ろうとするのは、僕の別件があるからだと言う。 「大丈夫。鯉ヶ沢くんの顔を確認しておくだけだよ。例の件に関してなにかしたり伝えたりするわけじゃないから」  藍染先輩はそう言って安心させるように僕に笑顔を向けた。  そんなやりとりがあって、とりあえずはしばらくの間、鯉ヶ沢の動向を離れたところから見守ろうと思う僕だったが。  あれからどういうわけか毎日のことになるのだが。昼休みの時間、僕は実習棟の屋上で鯉ヶ沢と過ごすようになっていた。  昼休みになると鯉ヶ沢が僕のいる教室にやってくる。 「姫さん。昼飯のお誘いにきましたよ。おれ、弁当作ってきてるんで。この間の場所で一緒にどうです?」 「どうして僕がお前と一緒しなきゃなんないわけ。理由がないんだけど」 「まあそう言わずに。今日は冷凍食品は使ってないんですよ。姫さんに手作りを食べてもらいたくて。少し研究してみたんですが。これが案外はまるっていうか、凝ってみたくなるというか。その成果を見てくれません?」  そんな誘い文句で本来の僕なら折れるはずはない。けれど強引な誘いをあっさりと跳ねのけることができない懸念が僕にはあった。  鯉ヶ沢が関連している例の件だ。  泉ヶ原湖の水を飲んでいるおかげで息苦しくなる発作は抑えられている。苦しさと恐怖で眠れないことはなくなった。けれど不安があるから眠りはいつも浅い。  足に出現した痣だが、日を増して範囲が広くなっていた。日中は痣が薄くなるので、さほど気にはならない。だが夜になれば痣は濃くなり、その存在感が増す。  どうしようもない不安がある。精神が不安定だから今ここにいる。鯉ヶ沢の傍にいるのはそれが理由だ。  そんなとある昼休み、鯉ヶ沢との昼食の後のことだ。彼の手作りの弁当を食べ終えた僕は不覚にも睡魔に襲われ眠ってしまった。  夜に熟睡できないせいで疲れていたのか。人前で、気を許した相手でもない鯉ヶ沢の前であるにも関わらず。うとうとしているうちに意識が落ちた。それはほんのわずかな時間だったと思うのだが。 「……あれ。僕、ちょっと寝てたのか? 鯉ヶ沢、今何時……?」  目が覚めてハッとして体を起こし、鯉ヶ沢に問いかける。隣にいる鯉ヶ沢に僕は無意識にもたれかかって眠っていたらしい。  なんだか気恥ずかしい。少し顔が熱くなる。そんな僕を鯉ヶ沢は笑うでもなく、穏やかな表情で眺める。そしておもむろに自身のズボンのポケットに手を入れて携帯電話を取り出すと、時刻を確認してくれた。 「そろそろ五時間目の授業が終わる頃じゃないですかねえ。あと五分くらいで」 「……え?」
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