その物語のはじまりを僕は知らない

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 翌々日の水曜日。朝、登校した僕がいつものように二年B組の教室に入ると、待ち構えていたようにクラスメイトが近づいてきた。 「おはよう、トモ。一昨日はお疲れさんだったな。昨日はゆっくり休めたか?」  その男はにこやかな笑みを満面に浮かべ、僕が窓際の席に着くなり訊いてくる。  服の上からでも見てわかる、羨ましいくらいにたくましい体格のこの持ち主は僕の幼馴染で、外原歩武(そとはら あゆむ)という。歩武はクイーンの警備班に所属していて、一昨日の晩は山で見回りをしていたはずだ。  そんな歩武を僕はじろりと睨む。 「まあね。いつも通りだよ。部屋で寝てばっかりで、だらだらと過ごしてた」 「ん? なんかちょっと機嫌が悪いな?」  険のある物言いと態度で察したらしい歩武が眉をひそめて訊いてくる。  僕は素直にそれには頷かず、ふてくされたようにそっぽを向く。 「別に。日中に寝すぎて。夜の睡眠が浅くなっただけさ」 嘘は言っていない。本当のことだ。  あの晩は深い眠りにつけなかった。失敗したことと体のことがずっと気がかりで、精神的にも肉体的にも休めずにいたから、昨日は日中を布団の中で過ごし、泥のように眠った。  そしてその晩も眠りは浅くて結局寝不足気味で、だから機嫌は良くない。  だが本当のところは、儀式の晩のことを一方的に僕が根に持っているので、自然と態度がきつくなってしまった。歩武はクイーンの警備班員なので、あの晩に侵入者を許してしまった責任があるはずだ、と。  歩武や他の警備班員はまだ侵入を許したことには気づいていない。発覚していたら今頃大騒ぎになっている。そうなっていないのだから、侵入者のことは誰も知らないのだろう。  なので、これは僕のただの八つ当たりだ。なにも知らない相手を責めるのは間違っていると自分でもわかっている。けれど、どうにも感情が止められなかった。  親しい間柄で、自分をつくろう必要がない相手だから甘えてしまうのかもしれない。幼い頃から互いを知っている歩武の前では自分を装うのは難しい。  僕が机に肘を付いて、ふう、とため息を漏らすと、歩武が首を傾げた。 「あんまり疲れがとれていないようなら、今日の体育の授業は休んだらどうだ?」 「平気だよ。運動ができないほどじゃないし。ほんの少しだるいだけだから」  僕が答えたところで、隣の席にもう一人の友人がやってきた。彼は肩にかけていた荷物を机の上に下ろし、ついで癖のように片手を自分の眼前へ持っていく。ずれているらしい眼鏡の位置を調節する。  そんな三波慶尚(みなみ けいしょう)がこちらに視線を向ける。 「おはよ。おヒメ、に外原。一昨日はお疲れさま」 「はよ。三波、なんかおれはついでっぽい」 「ついでだよ。外原は」  文句を垂れて食いつく歩武に慶尚が適当にあしらうように切り返す。いつもの見慣れた光景に和みつつ、僕は慶尚に顔を向ける。 「おはよう、慶尚。あ、そうだ。後で昨日休んだ分の授業のノートを写させてよ。できれば軽く内容も講義して」 「いいよ。じゃあ休み時間にでも……って」  ふと慶尚が僕の顔をじっと見つめた。眉間に皺まで寄せてなにかを考え込むような表情をする。そして妙なことを言い出した。 「おヒメ。今日は変な顔をしてる」 「え?」 「なにおうっ? トモはいつもこの上なく可愛いぞっ」  僕がきょとんとする横で歩武が代わりに噛みつくようにわめいた。そんな彼を無視して慶尚が続ける。 「疲れがとれていないんじゃないか? 外原ほど過保護ってわけじゃないけど。本当にしんどかったらやっぱり体育は休めよ。クイーンの仕事の後なんだから。先生の許可だってもらえるだろ」 「そうだね。ありがとう、慶尚。けど大丈夫だから。大したことじゃないんだ」  心配をしてくれる慶尚を安心させるように僕は言う。納得をしてくれたかどうかはわからないが、慶尚がそれ以上僕に進言することはなかった。
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