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日中は薄まっていて、夜になると痣は黒く色濃くなる。足の指先から現れ始めた痣は足首を経てふくらはぎ、太もも、そして体の他の箇所へと時間をかけながら徐々に全身に広がっていき、やがて僕を死に至らしめる。
痣が全身を覆い尽くす、その期限はおおよそ、ひと月だ。これが儀式に失敗した僕の末路である。
失敗したときのことはクイーンの役目を担うと契約をしたときに知らされていた。実際にはそんな事態が起きないように学院側が対策を講じているから心配はないと、聞かされていたのに。
対策なんてすり抜けて、万が一の事態が起きてしまった。それがこの様である。
痣のある箇所に痛みはない。だがその個所はひどく冷たくて、まるでそこだけ血が通っていないみたいに思えた。細胞が凍りついてしまっているような、そんな感覚だ。
そして、痣が濃く現れると強烈な呼吸困難に襲われた。それは数秒で治まるのだが、痣が現れている間は何度もその発作が起きる。それが怖くて苦しくて一晩中眠りにつくことができない。
「姫月っ! それ……? 姫月……っ!」
その日の晩も僕は寮の自室で発作を起こしていた。あまりに苦しくてしばしば意識を飛ばすこともあって、倒れたことに気づかなかった。意識が混濁する中で、誰かが僕の名前を呼んでいる。それが聞こえた気がした。
「あ……れ?」
目が覚めたとき、僕は自分のベッドの上に横たわっていた。自ら布団に入った記憶はないから、助けてくれた誰かが介抱してくれたのだろう。それが誰かはすぐにわかった。藍染先輩だ。
先輩はベッドの傍で膝をついて僕の顔を覗き込んでいた。水のような透明な液体が入ったペットボトルを握りしめ、青ざめた顔で僕を見ていた。僕と目が合うと、緊張が緩んだのか先輩は目を潤ませ、その頬は赤みがさし、安堵した表情に変わった。
「姫月。良かった。目が覚めてくれて」
「藍染先輩……? どうして、僕の部屋に」
「訪ねてきたんだよ。気分はどう?」
横たわっていた僕が上半身を起こそうとすると、藍染先輩がそれを制止する。そのままでいいよ、と肩を押されて僕は再び布団の中に体を収めた。
訊かれて僕はゆっくりと、頭を少し動かす。
「まだ、頭が重たい感じがします」
「そう。ゆっくり休むといいよ。容体は安定してきているみたいだね。見に来て良かった」
「僕を見に、ですか?」
「うん。放課後に会ったときの姫月の様子が気になっていてね。寝る前にもう一度顔を見に行こうと思って部屋を訪ねたんだよ。そうしたらノックをしても返事はない。この時間帯だし部屋にいるのは間違いないだろうから、少し早いけれど。寝たのかなって、考えもしたんだけど。部屋から明かりが漏れていたからね。気になって、返事を待たずに無断で部屋に上がらせてもらったんだ。すると、姫月が苦しそうな顔をして倒れていた」
「すみません。迷惑をかけてしまって」
「驚いたよ。すごく焦ったし。間に合って良かった。やっぱり体の具合が悪かったんだね」
「……はい。ありがとうございます。助けていただいて。あの、それで。寮の監督と保健医には」
僕はおずおずと訊ねる。責任をもって寮生を預かっている寮の監督と、学生の健康を管理している保健医には連絡がいって当然の状況なのだが、この状態に後ろめたい気持ちがある僕は知られたくないと思っていた。
藍染先輩が小さく首を横に振る。
「連絡はしてないよ。するべきか迷った。本来はするべきなんだろう。けど、君のその状態を見て、思い当たることがあったから。理事長には連絡をさせてもらった」
「連絡はつきました?」
「いや。電話は繋がらなかったよ。だから代わりにメールは送っておいたけど。ということは、姫月。自覚があるんだね。その状態に。一昨日の儀式でなにかあった?」
藍染先輩が優しく訊いてくる。失敗をしたのか、とは直接訊ねてこない。そんな藍染先輩の気遣いに僕の目頭が熱くなる。
「あの。実は、ですね」
僕は儀式の最中にあった出来事を包み隠さず先輩に話した。話を聞き終えた藍染先輩が眉を歪めて案じ顔になる。
「そういうことが起きないように対策を立てていて、万が一にもないというから。おれや姫月はクイーンを引き受けたんだよね。前例がなくはないけど。それがあったから、今はほぼ安全だってなっていたはずなのに。儀式に乱入者か。まずいことになったね」
「過去にあったその前例の人がどうなったのか、先輩は知っていますか?」
「いや。聞いてないな。でもなにか解決方法があるはずなんだ。じゃなきゃ君は、最悪の場合……」
藍染先輩が言いづらそうに口ごもる。言いたいことはわかる、と僕は頷く。
「僕も理事長に報告をしました。メールで。それで返信がきて。助かる方法もそこに」
「そうなの? そのメールを見せてもらってもいいかな」
「はい。……どうぞ」
自分の携帯電話を操作してメールの文面を画面に出し、僕は藍染先輩にそれを見せた。食い入るようにその画面を先輩が眺める。
理事長からのメールには長々と文章がつづられていた。
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