scene90*「魔法」

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夏休み中、サクラさんとは勉強の合間に何回か会った。 メイク道具や服を一緒に選んでもらったり、サクラさんの学校見学に付き合ったりした。 全然タイプが違うのに、趣味がお互いネイルや料理というインドア趣向だからか何だかんだ気が合った。おまけに学校でもお互い一人が多いのだから尚更だ。 彼女がうちに遊びにきたり、私がサクラさんの家にお邪魔して一緒に料理をしてみたり(サクラさんの味付けしたカレーは、カレーなのにびっくりするほど美味しかった) 二人ともそこまでお喋りじゃないにも関わらずすごく楽しく過ごせた。 サクラさんは学校だとすごくとっつきにくく一匹狼な感じで近寄りがたかったけれど、一緒に時間を過ごすうちに人に対して嘘を言わないし、すごく落ち着いていてしっかりした子だなと分かった。 私の買い物にもひとつも嫌な顔をせずに、バカにするようなこともなく真剣に付き合ってくれて、夏休みが終わる頃には一緒にいてすっかりと心地よかった。 そうしてあっという間に迎えた新学期。 新学期は何かとダルいから行く気しないって言うサクラさんをうまく説得できたのか、私が教室についてしばらくするとサクラさんが教室へやってきた。 サクラさんと目が合ったので思わず「おはよう」と声をかけると、ちょっと驚いたように一瞬だけ止まって「……おはよ」小さい声で素っ気なく返してくれた。 声かけちゃまずかったかなと思ったら時すでに遅し。 クラス中のみんなが私たちを見て、静まり返ったと思ったら嫌な感じの視線でざわついた。 何となく嫌な予感がすると、クラスでわりと派手なグループの子がニヤニヤしながら声をかけてきた。 「なに?アズキさんとヨシノさんってオトモダチなの?」 彼女たちの実に愉快そうな表情に、一瞬にして背筋が冷たくなる。 そしてその問いにどう答えるのが正解なのか迷った。 この場合の正解というのは友達という単純な答えではなく、“この子たちが満足するような面白い答え”というのはいくら鈍い私でさえも分かる事だった。 頭では何か言わないとと焦る。 だけど、「友達」ってちゃんと言いたいのに言っちゃダメな気がして、言葉を発するのが怖くてたまらなくなった私は机の下でスカートのすそをぎゅっと掴んだまま黙りこくるしかできなかった。 「ねぇ、聞いてんだけど。っていうかジャンル違すぎない?」 「アズキさんとヨシノさんが一緒にいるの想像できないんだけど」 「実はさ、都心の駅ビルで二人が一緒にいんの見たんだけど、じゃあれってマジだったってこと?」 「え、仲良いとかウケる。完全トモダチじゃんwww」 それでもなお私の口から答えを出そうとするせせら笑いに、私は完全に萎縮してしまった。 「……が、います」 「え?」 「ち、がい……ます」 私は、顔をあげられないまま、最低な事を口にした。 それきり口を結んだのを見てもう何も言える事が無いと分かるや否や、彼女らはくるりとサクラさんのほうへと向きを変えた。 「ヨシノさんさぁ、ウエマツに水かけたらしいじゃん。どーゆーつもり?」 そんなのは初耳だった。思わず顔をあげると私だけじゃなくクラスの皆が注目してた。 けれど何も答えるべもなく、席について無視する様にスマホをいじっている。その様子に彼女らがピリつくのが教室中に伝わった。 「あんたがカフェでウエマツの頭にいきなり水かけたの見た奴いんだよ」 「っていうか、ウエマツの彼女がエナなの分かってて手だしてんの?」 「だったら水かけられんのオメーだろ」 「大体あんた、ミナミと付き合ってんでしょ」 全て私の知らないことばかりで頭がついていけない。何でもいいからサクラさんに喋ってほしかった。 するとサクラさんはだるそうにため息をついて見上げた。 「だったら何?」 静かな返しの中でもサクラさんの語気は怒りを含んでいるのが分かった。 見上げてきたサクラさんに向かって「逆ギレかよ」と言い返すグループの筆頭にちっともひるまずに立ち上がる。 「手、出したからなんなの?彼女もいる癖に声かけてくるほうが頭どうかしてんじゃないの」 「はぁ?!ふざけんなよ!」 胸に掴みかかろうかという時に、ちょうど体育館での全校集会召集を知らせる校内アナウンスが響いた。それを聞いてみんなホッとしたように体育館へ行く準備をしはじめた。 息巻いていた女子も行き場がなくなった手を引っ込めて、サクラさんの前から渋々退きその場から離れた。 もちろん私の机とすれ違いざまに「あんなんと“オトモダチ”なんてアズキさんも変わってるね」と言い捨てるのも忘れずに。 クラスのみんながちらほらといなくなり、私も体育館に行かなければと思う。なのに体が石のように全く動かない。 そのくせ心臓はバクバクしっぱなしで手のひらの汗が気持ち悪くてしょうがなかった。 「あんたも体育館に早く行きなよ」 サクラさんは初めて保健室で会話した時のように、淡々とした口調で私に言った。 その素っ気なさに、胸の奥でズキンと突かれたような痛みが走る。ううん。素っ気なくて当たり前だ。 だって私「トモダチなんかじゃない」って否定したんだもん。 私は重い体を無理やり立たせて、机の間の通路にサクラさんと向かい合った。 サクラさんの顔を見ながら思う。 本当なら「一緒に行こう」って言いたかったし、言うつもりだった。 朝の挨拶だってあんなに皆に驚かれるとは思わなったし、サクラさんが噛みつかれるのが分かってたならしなかったかもしれない。 だけど引っかかるのはそこじゃない。 そもそも、ウエマツ君へのわずかな気持ちを知っていて、どうして二人で会っていたのかも分からない。 その話がいつなのかも分からないし、彼と会った事なんて一言も私に言ってくれなかった。 「何か言いたそうじゃん。言いたい事あるなら言いなよ」 サクラさんが皮肉っぽく笑う。もちろんそんなのはわざとだって知っているけれど、それを言ったところで真意を聞くのが怖くなった。 知りたくない事を言われるのが嫌だった。 急に、ある言葉が心にストンと落っこちてきた感覚。 “友達って、なに?” ……とんだお笑い草だ。 サクラさんが色んな男の子と関係してるなんてわかりきってたことじゃん。 私が誰を好きになってもサクラさんには全部筒抜けだったなんて、笑えるにもほどがある。あの女の子たちのせせら笑いが頭に浮かんだ。 「……別に、なんでもない……です」 本当のことを聞きたかった癖に、何も言う事が出来なかった。 手を伸ばすどころか引っ込めて胸元でぎゅっと握る。 「……何それ」 「……ヨシノさんになんて、私の気持ちはわかんないよ」 目で追いかけるだけの勝手な片思いしかできない自分がこんなこと言う立場にないのは分かっている。 それでもおそらく、これが私の本音だったのかもしれない。 一人でも大丈夫そうな人に、独りが本当は嫌な私の臆病さは分からない。 友達だと思いたかったけど、じゃあなんで私の好きだった人と知ってて二人で会ってたの? 何で何も教えてくれなかったの? 一緒に遊んでたのは何だったの? 楽しかった夏休みの時間が走馬灯みたく駆け巡る。 こんなことになるなら、良い顔してネイルなんかしなきゃよかった。 メイクにも浮かれていた自分が、バカみたい。 「あんた、すごく卑怯だね」 「え?」 「友達って言いながら、いざ自分に都合悪いと他人行儀で突き放す。……そんなのが友達っていうなら、私は最初からいらない」 じゃーね。 アズマさん。 サクラさんはそう言い残すと、教室から出て行った。 すれ違いざま香ったのは、初めてうちに遊びに来た時と同じ香水だろう。ほのかな桜の香り。彼女の名前と同じ花だ。 ……こんな素敵な匂いのする色っぽい女の子と、同じ魔法が私にかかるわけないじゃん。 みんなが体育館へと移動する雑踏が遠く聞こえる。まるで私だけ別の世界に置き去りにされたみたいだ。 私はサクラさんを追いかけることもできずに、一人とり残されるようにその場に立ち尽くしていた。
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