27人が本棚に入れています
本棚に追加
夏休み明けの全校集会が終わった。
体育館でウエマツ君を見たけれど同じ部活の友達や、彼女らしき女子と楽しそうに話していた。
まるでサクラさんの事なんかデマなんじゃないの?と思ったけど、ウエマツ君がふとサクラさんを見た時に彼女が焼きもちかのように彼を軽く叩いていたので、やはり噂は本当のようだった。
どんな理由なのか正直ものすごくサクラさんに聞きたかったけれど、集会が終わってもその後のホームルームが終わっても、終始ずっと目が合う事はなかった。
始業式の日はホームルームと掃除が終われば解散なので、全てを終えた教室内は自由な空気に満ちあふれていた。
私に勇気があったなら、ここでもう一度サクラさんに話しかけにいけたかもしれない。けれど、背中を見るたびにやっぱりどう声をかけていいのか分からなかった。
すると先ほどサクラさんにくってかかったグループの女子が、皆に聞こえるように声をわざと張り上げた。
「つかさぁ、ビッチってホント誰でもいいんだねぇ。新学期早々ネタ尽きないんだけど」
明らかなふっかけに、ヨシノさんは反応することもなく淡々と帰り支度を続けている。それが気に障ったのか、もう一度言った。
「ビッチに狙われてウエマツもカワイソwww 男の気ひくためにわざとボッチ気取ってんじゃねぇよ」
「……サクラさんは、そんな子じゃない」
私の小さな声に、彼女たちは耳ざとく反応し振り向いた。
何故か、私は猛烈に腹が立っていた。
さっきまであんなに怖かったくせに。サクラさんにも声をかけられないほどに情けないくせに、私は……初めて自分から意見をした。
明らかに不快げな視線が突き刺さり、心がびくつきそうになったけれど、だからといって自分の本音を今更引っ込めたくなんかなかった。
椅子からゆっくり立ち上がる。引きずるような鈍い音が静かに響いた。
「は?どういう意味」
にじり寄る距離に足が震える。自分でもらしくないことしてるって分かってる。歯だって本当はカチカチ小刻みに鳴りそうなくらい怖い。それでも、それを打ち消すかのように汗ばむ拳をぎゅっと握りしめた。
「どういう意味もないです。そのまんまの意味です」
「だからどういう意味だってんだよ。なに?あんたもヨシノと同じなの?」
すると一緒にくっついている他の子たちが一斉に愉快そうに笑い出した。
「は?アズキさんウケんだけど。っていうか何イキりだしてんの。わけわかんない」
「つかさぁ、ほんとにビッチとつるんでんの?冗談でしょ」
「アズキさんはアズキさんらしく地味にしてなよ。何なの?」
「友達です」
「はぁ?」
私は、もう一度ハッキリと言った。
「だから、友達だって言ってるでしょ!」
顔を上げたら彼女らの肩越しに、サクラさんの驚いた顔が見えた。
「サクラさんのこと、よく知らないくせに勝手な事ばっかり言わないでほしい!っていうか、アズキさんらしくって何?すんごい失礼なんですけどっ!!!」
勢いで張り上げてしまったけど、本当は今にも死にそうなくらいに体が壊れそうだった。
心臓は早鐘を打って痛いし、酸素だって足りないんじゃないかってくらい息の仕方忘れそうだ。
指先は冷たいのに顔が熱くてしょうがないし、本当の気持ちを喋ると何故か涙が出てきそうで、普段から怒るという事をしないせいかこの感情を持て余せない体のほうがついていけてないようだった。
目の前の彼女たちは普段とは違う私に唖然として、口をぽかんとあけているのが金魚みたいで間抜けだと思った瞬間、サクラさんが私に向かってつかつか歩いてきた。
何だろうと思ったら私の手首をすごい勢いで掴んでそのまま引っ張り教室を出て行こうとしたので、急に机を離れる不安から思わず「あっ、か、鞄……」と無意識に言葉が出てしまった。
するとサクラさんは「あぁもう!どんくさいな!」と苛立った声で私の机にズカズカと戻りバッグを奪うように手に取ると
「行くよ!キコ!」
と、何故か怒鳴り再び私の手を引っ張った。
教室がいつまでもシーンとしているのが後ろ背に分かり、それが何だか不思議でちょっと笑ってしまいそうになった。
手を引っ張り続けるサクラさんを見ると……なぜか肩が震えていた。
「サクラさん?」
「喋りかけないで」
「……ご、ごめん……」
「そうじゃない。…………だって……」
「だって?」
手を引っ張られてついた先は放送室だった。
扉は開いていて二人して入り終えると……振り向いたサクラさんは何故かすごく面白そうに大笑いし始めた。
肩が震えていたのはどうやらずっと笑いをこらえていたからのようだった。
そんな彼女を見たのは初めてだったから私はプチパニックで「え、何。どうしたの」と聞くけど、あんまりにも笑い転げるものだから、私もさっきまでの間抜けな教室の静けさを思い出し、つい笑いが込み上げてきてしまう。そしてとうとう最後のほうは二人して大笑いしてしまった。
「だってクラスの奴らが唖然としてた中で、鞄のこと冷静にアンタ言うんだもん」
「ええ~!?そこ!?だって貴重品あるし……」
「どこまでもマジメだなぁって。……にしても、それで戻るとかかっこつかないしダサすぎ」
「しょ、しょうがないじゃん!だって私もサクラさんが、まっ、まさか私の手掴みに来て連行するとか思わなかったし!」
「ってゆーかあんた鞄重すぎなんだけど!HRしかないのに何入れてるわけ?」
「そっ……それは……」
「おーい、俺もいるんですけど~」
突然の声に放送室の奥を見ると、マイクのある放送スペースにサクラさんの彼氏である、ミナミ君がいた。
男の子なのに顔が彫刻みたいに綺麗で女の子遊びばっかりしてた、サクラさんと同じくらいに校内で有名だった男の子だ。
去年くらいからサクラさんと付き合い女の子遊びの噂はだんだんと減っていったので、今では一途のようだけれどサクラさんのほうが未だに他の男の人との噂が絶えないので、二人が付き合っている説はデマなんじゃないかと囁かれていたりする。
しかしこうしてミナミ君のいる放送室にサクラさんがくるってことは彼を信頼していてのことだろうし、やっぱり二人が付き合っているのは本当なんだと感じた。
サクラさんは慣れたように奥へと進み「じゃあ今からあんたは透明人間設定ね」とツンとすると、ミナミ君はけらけら笑って「ほんといつまでも塩対応な!」とちっともショックじゃなさそうにした。
「キコ。ちゃんと話すからそこに座って」
いつの間にか、下の名前で呼ばれている事に気付き、なんだかこそばゆい。机を挟んでサクラさんのはす向かいの席におずおずとつく。
っていうか、他の男の子の事が絡んでるのに彼氏がいていいのだろうかと心配になったけど、きっと大事な話をするからこそいてもらったほうがいいのかもしれないと思った。
落ち着くとサクラさんは単刀直入に言った。
「ウエマツとは、何にもないから。っていうか、声かけられたのはホント」
「……そう、なんだ。え、でもウエマツ君は彼女いるのに、なんで」
私はいきさつが分からなくて、でもそれを聞いて良いのか聞かない方が良いのかも分からなくて戸惑っていると、サクラさんはしょうがないかとでもいうようにため息をついた。
「まぁ、夏休みのコンパニオンのバイトがバレて、脅された」
「え?」
「ヨシノ―、それ俺も初耳。つかウエマツってサッカー部のイケメン君じゃん。エナちゃんとこの彼氏っしょ」
「あんたは黙ってて」
「うぇい」
なんか……このカップル面白いなぁと暢気な事を思っていると、サクラさんは「ごめんね、落ち着かなくて」と笑った。
そして、何があったのか話し始めた。
「カフェで水かけたのも本当。あまりにも腹が立ったから。表では良い顔してるくせに、弱味握ったと勘違いしてマウンティングとろうとしてきてさ。
様子見にちょっと黙ってたら、出るわ出るわ彼女?のマグロ話にセフレの提案。
あいつどんだけ自分の事イケてるとか思ってんの?鏡見てから寝言いえっつの!
……つかさ、キコあんなんのどこが良かったわけよ!顔よく見たけどそこまでイケメンじゃないし、笑い方とかムリなんだけど??」
「それは……サクラさんの好みの問題じゃあ……」
「とにかく!ほんっとあんまりにもくだらない奴すぎて、こんなのにあんたが片想いしてたのも許せなくて、それで水かけた次第。まぁ抹茶フラペチーノじゃなかっただけ感謝しなさいよって話なんだけど」
「お前さ、それ店の人にむっちゃメーワクじゃね」
「そりゃ申し訳ないっつーか、私も飲食バイトやってたから水かける奴とかクソだなって思うけど、気付いた。あれは不可抗力だ。だって気が付いたらかけてたんだもん」
「……あの……なんか、ごめん」
「いいよ。別に私が勝手に腹立ってやったことだし謝られる必要もないし。……それに、クラスのにも言わせとけばいいよ。あいつらも見てりゃわかるでしょ」
「でも、なんで……」
「あんたが!……その……と、……友達って……言ってくれたからでしょ!」
多分、今の私も間抜けな金魚みたいな顔なんじゃないだろうか。
意外な言葉に頭が真っ白になっていると、真っ赤な顔になっているサクラさんは誤魔化すように「ってゆーか、なんであんた今日ぐらい軽くメイクしてこないの」と怒った。
「え、だって……先生に怒られたらって……」
「眉毛と日焼け止めくらいで怒んないっての!だったら私はとっくに退学だし!っていうか、アズキ、アズキってあからさまに悪意で言われてたくらいなんだから、誰にも何も言わせないくらいに変わったこと証明するチャンスなのが始業式じゃん!朝教室入ってドすっぴんすぎて驚いたわ!」
「そ、そこまで言う事ないじゃん!そ、それに私、変わろうと思って……ほら!」
いてもたっても言られず、鞄のチャックを開けて中身を机に広げた。
数冊のパンフレットや、図書館で借りた本や専門書。それと、再提出しようと思って書きなおした進路調査票。
どれもネイルアート関連のものだった。
「私、やりたいことをやることにしたの。お父さんとお母さんと相談して大学行くのやめて……ネイルの専門に行こうと思ってる。まぁ親は元々大学進学強制してなかったし、さほど驚いてなかったから拍子抜けだけど……」
実は一週間前、両親と改めて進路について話し合った。
お姉ちゃんは私の本心を薄々感づいていたらしく、応援してくれるみたいに話し合いに同席してくれた。
予備校にも通わせてもらってていきなり進路変更だなんて、おまけにこの私がネイルの学校だなんて反対されるかと思ってたけど……両親の反応は意外なものだった。
打ち明けたら笑いながら「いいんじゃない?やりたいことやんなさいよ。……って、話ってもしかしてそれ?なぁんだ!」とお父さんとお母さんはすんなり受け入れたので、逆に私の方が驚いてしまったほどだ。
「甘くないかもだけど、自分の好きな事をやっていこうって思ったんだよ!こう思えたのも……さ、ヨシノ
鼻の奥が少しツンと痛くて目尻に熱いものがゆるゆると込み上げてくる。
サクラさんをとうとう名前呼びしてしまった恥ずかしさも手伝って目をぎゅっとつむると、ぽろっとこぼれたのが分かった。
「教室で…………友達じゃ、ないなんて、ごめんね。……私、もっと、ヨシノちゃんと仲良くなりたい。
誰が何て言っても、私は夏休みすごく、楽しかったし、こんな私でも……仲良くしてくれたらって思ってる。全然地味だしタイプも違うけど……」
「タイプなんか違くたって、関係ないよ」
かぶせるようにサクラさんが言ったので見ると、うっすらと目が赤く潤んでいた。
「……私、別に今まで友達なんか別にいらないって思ってた。ずっと一人だったし、こんなんだし。
……でも、きっかけはどうであれ、初めてだったんだ。……同級生の女の子と一緒にいて楽しいって思ったの」
教室で見かけるサクラさんの印象とはまったく違う言葉が、桜色の唇からこぼれだす。
もしかしたら、サクラさんが周りに見せてきた印象を、今この瞬間にわざと剥がしてくれているのかもしれない。まるで花びらが落ちてくるように、はらり、はらりとして。
それは今まで見せてきた強さじゃなく、全く別のもの……脆さみたいだった。
「だから、あんたが友達って言ってくれて……その……すごく嬉しかった。今日だって教室にあんたがいて、本当は心強かった」
最後はやっぱり照れ臭そうだったけれど、私の目をまっすぐ見て言ってくれた。
「これからも……一緒にいれたら嬉しいって思ってる」
私は、今まで勘違いしていたことにようやく気が付いた。
誰だって、ひとりぼっちをはじめから楽しんでいるわけないじゃないのかもしれないって。
世の中にはぼっちを楽しめる人とそうでない人がいると思う。
サクラさん……ヨシノちゃんはきっと前者で、私は後者だと今までは思ってた。だけどそんなのは最初から違っていたんだ。
私とヨシノちゃんは、きっと初めから同じだったのに、どうして私は色眼鏡で彼女の寂しさを決めつけていたのだろう。
地味とかジャンルが違うとかそんなことはとっても小さいことで、私もヨシノちゃんもずっと同じだったんだ。
ずっと本当は……大事な誰かに近くにいてほしいと、心の奥で欲していたんだ。
「なんか……おまえらって和菓子みたいだな」
まるでシャボン玉をぱちんと弾いたようなセリフが突拍子もなく舞い込んできた。
ミナミ君の一言に、私たちは同時に「いきなり、なんで?」と言っては顔を見合わせた。
「ヨシノ、苗字がサクラだろ。で?キコちゃんはアズキちゃんってあだ名なら、ホラ、桜餅の完成だな。はい、コンビの桜餅結成じゃん」
「アズキって失礼でしょーが。っていうかコンビの桜餅ってお笑いじゃないんだから!何考えてんのよまったく」
代わりに怒ったヨシノちゃんがあんまりにもムキで、それがまた意外で面白くなる。
「あははは。いいよ。……二人なら、全然いいよ」
「でも」
「ほらぁ~、いいじゃん。それにキコっていうよりもアズキちゃんって可愛いじゃん。猫みたいで」
「「猫!!??」」
同時のハモリにミナミくんは愉快そうに大笑いして、綺麗すぎる顔に似合わないひょうきんそうな表情を覗かせた。
「ね、アズキちゃんってネイル得意なんしょ?俺のもやってよ」
「ちょっと、あんたいきなり図々しくない?」
「だってヨシノのネイル、急に可愛いのになったなって思ったら何かこういうことかぁって」
「だからっていきなりお願いなんてびっくりするじゃん。ましてやキコはあんたなんかと喋った事ないんだから」
「え、私でよければいくらでも……」
「だめだめ!絶対にあんたお人よしすぎて、安請け合いで都合良いように搾取されそうだから簡単に答えない方がいいよ」
「ちょ、ヨシノ俺に何でそこまで厳しいわけ!?妬くんだけど!てかアズキちゃんの彼氏かよ!?」
「うるさいなぁ~。キコの魔法はあんたには勿体なさ過ぎるってだけでしょうが。キコに技術料と私に仲介手数料払うんなら別だけど」
「お前ブラックだな!」
私なんかよりも二人のほうがよっぽど夫婦漫才コンビのようで、それがおかしくて私は笑いが止まらなくなってしまった。
きっとこの3人が笑い合ってるなんて、何の事情も知らない人からしたら不思議でしょうがないだろう。
むしろ明日からみんな好奇の目で見てくるに違いないけれど、そんなのちっとも気にならなかった。
それに私たちの仲は私たちで分かっていれば良い事だ。
きっかけは本当に意外なものだったけれど、彼女に出会ってから自分の知らない自分に気付けた。
一人でも、寂しくても、こうして奇跡のように出会えたのだからもう悲観にならなくたっていい。
ヨシノちゃんにとっても同じようであったら嬉しい事はないし、自分から掴んだものだからこそ、かけがえのないものにしていきたい。
理解ってくれる人が傍にいるなら、どんなヤジでも恐れるに足らないのだ。
私はそんな風に思いながら、笑いこぼれる涙を人差し指で抑えた。
( 魔法がとけないように、現実にしていく )
最初のコメントを投稿しよう!