scene92*「風邪っぴき」

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scene92*「風邪っぴき」

最近、わが親友に彼女が出来たらしい。 【92:風邪っぴき 】 「おー、お前もう学校きて大丈夫なんかよ」 普段は体力馬鹿のカケイが風邪で2日ほど休み、今日になってようやく学校に顔を出した。 カケイはすっかり全快したらしく、いつものようなガキみてーな笑顔で 「結構ゆっくり休んだからな。それよりも早くバスケとかしてーよ」と答えた。 「あ、そういえば休んでたぶんのノート、どーする?」 「それなら大丈夫」 「え!?珍し!いつもなら泣きついてくるじゃねーかよ。何だぁ?彼女でも出来たかぁ?」 ジョークのつもりで言ったのがどうやら本当だったらしく、歯切れ悪そうに「……まぁな」なんてはにかんで明後日の方向を見た。 俺は口をぽかんとあけたまんま、突っ込みを入れることができなくなってしまい「あ、そう。はーん……」と何とも情けない言葉を口にするしかできなかった。 休み時間になり、後にいたはずのカケイの姿が無かった。 教室を見渡すと……廊下側の一番前の席のミタニさんのところにいた。 何かを話していると思ったらノートをそっと彼女に渡して、どこか用があるのかそのまま廊下へと出て行った。 『やっぱりジュンとカケイくん付き合ってんだよ』 『あたしも何となくそう思ってた!あれ、体育祭の後あたりからじゃない?』 『でもカケイくんがジュンちゃんと付き合うなんて意外~』 女子たちのヒソヒソ声(になってないけど)はどうやら真実のようで、それに気づかないミタニはちんまりと席に座ったまま本を読んでいた。 他の女子からも「意外」と言われればそうだと思う。 ミタニは言われるまで気付かないくらいに地味な女子で、勉強はできる方かもしれないけど体育なんて出席してんの?ってレベルに影が薄いし、学校行事も委員会もとりたてて目立つようなタイプじゃない。 対するカケイはクラスでもわりと人気者だし、体育会系の陽キャだからどう考えてもミタニとの接点は思い付く限り浮かばない。 だけど、ひっそりと隠れてしまうようなちっちゃいナリしたミタニは、余計な噂も言わないし言われないし、大人しいけど人当たりも良くて、どこの誰よりも女の子らしい女の子かもしれないと思った。 トイレからカケイが戻ってきたのをはかって、俺はカケイに聞いた。 「お前が付き合ってるのって、もしかしてミタニさん?」 いきなりそう聞かれたカケイは、こっちが恥ずかしくなるぐらいに真っ赤な顔になった。 そして、「あー……まぁ……」と否定することなく、ホントにちっちゃい声で照れながら答えた。 そんなカケイを見るのが初めてだった俺は、面白くて俺はついニヤニヤしてしまったらしくカケイに逆に「それがなんだっつーの」とムッとされた。 そのムキになった表情に、俺はとうとう笑ってしまって、しかし俺が笑えば笑うほどにカケイは誤解するようにむくれた顔をした。 「いや、何かお前、ホントに彼女が好きなのな」 俺の声は思ったよりデカかったらしくて、一番遠い席にいたミタニさんまでさすがに聞こえたみたいだ。 そんなミタニさんもほんの少し顔を赤く染めていた。 それに気づいたカケイが焦ったように「ちょッ、お前、あとで昼休み来いっ!」と俺の首を羽交い絞めにしてふざけながら怒った。 「へぇ~。体育祭で、ねぇ」 「何だよ」 昼休みの体育館。 バスケを軽くした後、隅に二人でアグラをかいて俺はカケイの話を聞いた。 他数名は座る俺たちそっちのけで3on3に熱中していた。 高い天井にボールの音とはしゃぐ声が反響して、開け放たれた扉や窓からも風が気持ちよく抜ける。 きっとこの風に乗って俺たちの騒がしい音は外へ流れてるんだろうなとぼんやり思った。 「しかし、あのマジメで大人しい内気なミタニさんと付き合うなんて意外だな」 「えー?何でだよ」 「コジマみたいなハッキリした奴と付き合いそうとか思ってたからさ。たしかミタニさんって全然タイプ違うのにコジマと仲良かったよな」 そう言うと、照れくさそうにしながら「俺だって自分でも意外と思ってるよ」と答えた。 「つーか、コジマはキシとのほうが仲いいけどな」 「え!?そうなの!?」 「付き合ってるとかじゃないっぽいけど、でも何か、良い感じなんだよなぁ。ミタニも言ってるし」 女番長みたいな強気なコジマのお相手に上がったキシは、クラスでも目立つタイプではなく、どちらかといえば物静かなタイプだ。 それにしてもその二人も正反対のタイプだ。もしかして大人しい系と賑やか系のカップル流行ってんのか? カケイは、鈍いくせにそういう直感は冴えているから多分本当なのかもしれない。 俺はガックリと首をうなだれた。 それに気がついたカケイは「彼女がいないからって落ちてんのかぁ?」と聞いてきた。 俺は「まぁな」とだけ答えて、バスケしてる奴らに加わろうと思った。 何かだんだん寂しくなってきたからだ。 友達に彼女が出来たのが何となく寂しい気持ちになるなんて、我ながら情けねぇなぁと思いながらゴール下でまわってきたパスを受けた俺は 「俺も彼女ほし──っつ──の!!!!!ハゲ!!!!!」 と、わけのわからない事を叫び、ダンクした。 ……つもりだが勿論届くはずもなく、周りからは「バッカ」「何してんだよお前~」「ぎゃははは」と、笑われまくった。 床にむなしく弾んで転がったボールをとったのはカケイで、 「バッカだなーお前」 と、呆れながらもくしゃっとした笑顔を向けてくれた。 俺は床に大の字で寝転がりながら言った。 「俺も風邪ひいたら彼女出来ると思う?」 「ってゆーか俺、風邪ひく前に出来てたし」 「マジうぜーコイツ!みんなー!カケイ、ミタニちゃんと付き合ってんだってよ!」 「はぁ!!??」 すると、「まじで!?」「いつから!?」「ミタニちゃんと付き合ってんの!?」カケイを問いただす声がいくつもした。 カケイは俺を睨みつけたけど、相変わらずのニヤニヤ顔で返して 「一人だけオイシイ思いしてるからだっつの」 と、笑ってやった。 とりあえず、 風邪ひいた時に、ノートをとって届けてくれる彼女が俺の理想。 ( オレの憧れを軽々と超えてしまう親友はニクイけど、自慢のイイ男だと思う。  )
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