scene97*「あたらしいこと」

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scene97*「あたらしいこと」

感情なんてどうせ体の附属品だろ。俺には理解できないなんて思ってた。 持て余す熱と欲の矛先なんてどうせみんな一緒で一つしかなくて、そこに好きだの嫌いだのなんてのは机上論でしかない。 【97:あたらしいこと 】 “カナタだけは深入りするとやばいから、近くに寄らないほうがいい。” 高校に入ってからは、気が付けば女子の中ではそんな風に言われていた。 男子からはこうも言われていた。 “付き合う女子はだいたいカナタに食われ済み。” それで因縁つけられたり喧嘩吹っ掛けられれば買いますけどなにか?というスタンスでいたら開き直りすぎて誰も何も言わなくなってた。 性格は屈託なく、社交上手。 勉強もまぁまぁできるしスポーツ音痴ではない。 昔からよく女の子と見間違われる見た目だからか、悔しくて習ってた空手もそんなに弱いほうじゃなかった。 そんな俺だからモテないはずがないじゃん? 加えて女の子は嫌いじゃないし。むしろ好きだし。 たとえばこの膝枕してくれてる女の子の太ももの柔らかさってのは本当に最高。味わえるうちに思う存分食べとかないと損じゃね? 「ちょっとぉ、カナタ。さっきから太もも撫ですぎ~」 昼休み、開放自由になってる屋上の日陰での癒しの時間。 俺を膝枕してくれてるユリカちゃんがまんざらじゃなさそうに俺を叱った。 「だってあんまりにも気持ちくて」とおどけるように言えば、ユリカちゃんは「もぉ、仕方ないなぁ」なんて、とろんとした目で許してくれる。 お姉さまギャルな感じのユリカちゃんは見た目と反してめちゃくちゃ甘えさせてくれるとこが好きだ。 好きだから触りたくなるし、傍にいて欲しくなる。それの何がいけない? ゴロリと寝返りを打てば優しく髪をすいてくれるものだから、ますます夢心地だ。会えばこうして甘えさせてくれるけど、普段は連絡マメじゃなくても構わないとこも後腐れなくていい。おそらく彼女も都合よく俺を遊んでいる感覚なんだろう。お互いwin-winてことで問題なしだ。 「あ、そう言えばカナタの同級生にさぁ、ヨシノって子いるの知ってるぅ?」 ふいに思い出したように紡ぎ出されたその名前に聞き覚えがあった。 「あー、なんかすげー男に手出しまくってるって子かも。名前は男子の中でもよく聞くわ」 男子の中ではある意味大人気。お眼鏡にかなえばわりとすぐヤらせてくれる女子。直接の知り合いではないけど、同級生でしょっちゅう話に出るから顔ぐらいはわかる。 顔は結構美人でスタイルも良いうえに性格は全然媚びないから、お眼鏡にかなうまでが結構ハードル高めって他のやつが言ってた気がする。 だけど関係した奴ら、ヨシノの体だけじゃなくて性格のことも同じくらいに誉めるか、絶対に悪く言うことがない。 むしろ本命手放して本気でヨシノのほうと付き合いたいって思えてくるらしいから、何かしらの魅力があることは確かだ。 何だかんだ全然接点なくてお近づきになったことはないけど、機会があれば話くらいはしてみたいかもなとは思えてきた。 「なんか、女版の俺って言われてるらしーよ」 「なにそれぇ~。てか笑えないけどウケんだけど」 「それこそどっちの意味だよ」 「だってカナタ開き直ってんだもん」 「開き直ってなきゃユリカちゃんだって俺に声なんかかけないでしょ?そういや大学生の彼氏とはどーなったの?」 「あー、あれね。大学のサークルに好きな子できたって言われたから別れたよね。やっぱり大人の魅力を前に女子高生の制服じゃ太刀打ちできなかったな~。あーあ、私も早く女子大生になりたいな」 ユリカちゃんを見上げると、少し遠い目をしていたから、けろりとしているように見えて結構彼氏のことが好きだったんだと思う。 お姉さまギャルのさらにお姉さまな女性がいる考えると、女たらしにとってなんて魅惑的な世界なんだろう。 「ユリカちゃんさ、寂しいなら俺と少し遊んでよ」 「どぉしよっかな」 「絶対その顔迷ってないでしょ」 「あはは。さすがカナタだね。よく人のこと見てるしつけこむタイミングほんとバッチリだわ」 「誉め言葉どーも」 ふわりと甘い香りが漂って、いい感じの日陰がおりてきたと思ったら唇にやわらかな感触。まどろみ続けたくなるこの瞬間が至福すぎて、先ほどの同級生の女子の話なんかすっかり頭から消えていた。 自分がこういうことに溺れる始まりはどうだったかなんて、正直覚えてない。というか、自覚がない。 初体験はかなり早かった。小学校高学年だったから。 相手は当時高校生だった近所のお姉さんだ。その時は俺は一人で外遊びしていた。学校帰りの彼女にたまたま声をかけられた。昔からよく知ってるお姉さんだし、おやつ欲しさに部屋にあがらせてもらった。家の人は誰もいなくて、そのまんまそういうことになった。 今考えると、よく小学生のガキに手出そうと思ったよなぁと思う。まるでどっかのエロ漫画だ。 そのあとはあれよあれよという間に定期的にモテたり、逆ナンパされたりしてたら、人を好きになる前にこういった人間が出来上がってしまったわけだ。 この爛れた生活ってやつを結構謳歌しているけれど慣れなのか飽きなのか、そのうちこのまんまじゃバチ当たりそうだなって思い始めてきた。 それと、人を本当に好きになることができなかったらどうしようとも。 まぁ、寝てる誰かとそのうちそういう気持ちになるだろって思ってたけれど、一向にないことにも危機感を感じている。 最近では「そもそも、好きだなんてのは結局体をつながりたい一心の建前で、言い訳なだけであって恋愛感情は存在しないのでは」とすら思うほど。 まぁ、目の前の相手がこんなに気持ちよく求めてくれてるんなら、それがすべてだから好きじゃなくてもいいんだけどさ。 俺の悪いところってこういうところだろ思う。 放課後、ユリカちゃんとひとしきりくっついてからファミレスでご飯した後にサヨナラした。 あまり遅くなると家族もうるさいから寄り道しないのが無難だけど、素直に家に帰るのはだるい。 正直、最近はヤッてもどこかうわの空になることが増えているのか、気持ちがあまりスッキリしない。そのせいなのか、呼吸もだるくなる機会が多い。 そのほかにも正直言うと、両親に養われて「子供扱い」な立場だからこそ、いっちょ前なコトだけ済まして普通に帰宅するのが気まずいってのもある。パンツなんかオカンに洗われてるわけだし。 早く一人暮らししてーなと思いながら駅の改札を抜け、ホームへの階段を上がったところで、『人身事故により電車遅延』の赤い電光掲示板が見えた。 あれだけまっすぐ帰りたくないと思っていたのに、いざ人身事故の知らせがあると絶望的な気持ちになるなんてまったく調子いいな。 寒い季節じゃないだけまだマシだと思いながらスマホをいじって待つことにした。 なんとなしに向かいのホームを見ると、同じ学校の制服を着てる女子が目に留まった。 ( あ。女版、俺の人じゃん ) 昼間、話題に上がっていたヨシノさんだった。 離れたところでもはっきりとわかるスタイルの良さや、少し気の強そうな顔は正直美人だと思った。ゆるく巻いた髪はサイドに寄せていて少し大人っぽくも見える。 確かに男子の8割はグラッとくるタイプの子だ。けど俺にはなびいてくれなさそ~。 そういや、ヨシノさんが男子たちと寝る理由ってなんなんだろう。女子のほうがはるかにリスク高い行為なのに、よっぽど訳ありなんだろうか。 すると「サクラ!」と呼ぶ声にヨシノさんは敏感に反応した。 声のほうを見ると、眼鏡をした少し背の高い、だけど地味そうな男性が彼女に近づいてきた。見る限り大学生っぽい。 「マーちゃん!どしたの!?」 ヨシノさんは“マーちゃん”を見るなり、さっきまでのクールな雰囲気はなくなり子供のようになつっこい表情になった。 その一瞬で( あー、本命か! )と悟ったほど。 というか、下の名前がサクラってのがなんとなく意外だった。本名、めちゃくちゃ春っぽいのな。 「俺は友達んちでレポートと飲みってとこ。サクラこそこんな遅くにどうした。あぶねーだろ。」 「バイトだって。飲食の遅番だったからさ」 「つってもまだ高校生だろ。遅すぎないか?」 「もー、マーちゃんは私のお父さんじゃないんだから。うざいよ」 「大体スカートだって短いし化粧も濃くね?」 「だからお父さんかっての。今どきのJKはみんなメイクくらいするから」 「そりゃ心配するだろ。幼稚園のチビの時の印象しかないからな」 「それどんだけ昔なの」 ヨシノさんは何だかんだ構ってもらえてるのがよほど嬉しいのか、けたけた笑う声がこちらまで届くほどだ。 マーちゃんのほうは明らかにヨシノさんをお子様扱いしていて、一目でヨシノさんの片思いなんだろうなというのがうかがえた。 それと同時に、勝手な感情だけどヨシノさんに本命がいることに対してちょっとだけ残念なような気持ちにもなった。 なーんだ。俺と全然違うじゃん。 ちゃんと「好き」って気持ちを持ち合わせてるタイプじゃん。 きっとマーちゃんと付き合えない何かがあるから、手に入らない何かを他で埋めようとしちゃってる系じゃん。 そしてあのヨシノさんの表情は、きっと寝てきたであろう男たちには絶対見せたことないんだろうな。 彼女が学校周辺の誰にも見せない秘密を少し垣間見た気がした。 たしかに女の子に対して、好きとか可愛いとかは思うし、だから相手を気持ちよくさせて自分ももっと気持ちよくなりたいとか思うよ。 思うけど、ただそれだけで、その先は特にない。 『恋』と言われるような感覚に未だ出会ってはない。 それなのに異性とやみくもに寝たくなっちゃうって、相当心がイカれてるはずだから、なんとなくヨシノさんは俺と同じかと思ってた。 けど、ヨシノさんは『恋』を知っているということは、似ているようで全然違うことを突き付けられたようだった。 感情なんてどうせ体の附属品だろ。俺には理解できないなんて思ってた。 持て余す熱と欲の矛先なんてどうせみんな一緒で一つしかなくて、そこに好きだの嫌いだのなんてのは机上論でしかない。 好きな感情を持てる相手がいるのに、なんで他の男と寝るんだろう。 好きな感情が持てないから、持ちたくて女の子と寝ちゃう俺とどこが違うんだろう。 彼女が、本当はどんな女の子か急に知りたくなった。 『ただいま遅延しておりました次の電車が、運行再開したとのことです。皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。次の電車が前の駅を発射したとのことです。電車の到着まで今しばらくお待ちください。』 電車再開の大きなアナウンスに思わずハッとなる。 と同時に、スマホにメッセージが届いた。相手は他クラスの女子だった。 『カナタ~;;かれぴにフラれたぁ(。ノ□`p。。) あした話きーて。なぐさめて。o゜(p´□`q)゜o。 さみしい;;』 いつもならこんなメッセージも嬉しいはずなのに、なぜかストンとした胸の虚しさを感じた。 どうしたらこの胸の空虚は埋まるんだろうか。 きっとこの子と寝ても、心を置いてきた何かは解消されないのはわかっている。今までも解消されたことがないのだから。 ……ヨシノさん、どんな子なんだろ。 これは何かの機会でお近づきになって、話をしてみたい。 俺とは違うからこそ、何か新しい気持ちを見つけることができるかもしれない。 顔を上げると、マーちゃんを嬉しそうに見ながら微笑んでいる彼女が見えた。 知りたい。欲しい。 何とか繋がったら、がんばれたら、ああいう表情を俺にもらえたりするんだろうか。 なんで気になるのか分からないけれど、彼女と話してみたいと思った。 もう少しだけ彼女の横顔を眺めていたいと思ったところで、電車が入ってくるメロディが響いた。ヨシノさんはふとゆっくりこちらを向いた。おそらく、同じ学校の制服に気づいたのかもしれない。お互い、ピントが合う。 その瞬間、たしかに一瞬だけ目が合った。 そして、轟音とともに到着した電車によって視界が急にさえぎられ、人波であっという間に見れなくなってしまった。 明日、ヨシノさんのクラスの近くに行ってみようかな。 そういや、さっきメッセージ来た女の子はヨシノさんの隣のクラスの子だったかも。 というか、女の子とイチャついたあとに別の女の子とメッセージしながら、違う女の子のこと考えてるのってほんとゲスいなぁ。 だめだな、このまんまじゃ。 ほんの一瞬だけ合った目を、合わせてもらえる瞬間を作りにいくしかない。 頭ではそう思いながら、指先でまったくもって裏腹な言葉を紡ぎだすのだった。 ( あたらしい気持ちに出会えるのだろうか ) ※link story ⇒ scene50*「真夏」
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