24人が本棚に入れています
本棚に追加
scene98*「パーティ」
いつも兄貴を叱ってばかりのオヤジは、会場の誰よりも泣いていた。
あまりに泣くもんだから、挙式で花嫁がハンカチを渡すほど。
俺だって泣きたいっつーの。
【98:パーティ 】
4人きょうだいのうち3番目の兄貴が、7年間の交際が実って結婚した。
兄貴はともかく、彼女のアヤちゃんの晴れ姿は本当にきれいで可愛くて、
それと同時にとうとう好きな人が兄嫁になっちまったわけかー、なんて思った。
まるまる1軒家の洋館を貸し切った披露宴会場。
こじんまりしながらも、招待客はみんなよく知った顔ばかりで二人を心から祝福しているのが分かる。
新郎新婦の席の後ろには、青々とした芝生に見事なフランス式なガーデンが広がっていて、白やピンクの大輪のバラが、まるでボンボンみたいに咲き乱れていた。
親族の席は一番遠くて、高砂の席で微笑む二人が少しだけ違う世界の人に見える。
俺は上の兄貴と来賓へのお酌で動き回っていて、オヤジはオヤジで感動のあまり泣きすぎて一番上の姉と親戚のおばさんに慰められている。
オヤジの隣の席にはずっと前に他界した母ちゃんの写真がある。
俺はそれを見て、母ちゃん、今日の日を見たかったろうな、と思う。
グレてグレて、とにかく心配かけまくってた、どうしようもなかった真ん中の兄貴の新郎姿。
隣には小さい頃から一緒にいた幼馴染のアヤちゃんだよ。
アヤちゃんが嫁にきてくれたなんて、喜ぶに決まってるよな。俺は心の中で母ちゃんに話しかけた。
『これから上映しますのは、お二人の出会いから、今日のこの日までのスライドになります』
その司会の言葉で、会場が薄暗くなった。
そして、あぁ、もうすぐだなと思う。
『お二人は小さな頃からの幼馴染で……』
司会のナレーションとともにスライドを見ながら、子供のころをぼんやりと思い返す。
俺達と、アヤちゃんは近所の幼馴染だ。
親同士が仲良くて、親が共働きで鍵っ子だったアヤちゃんは、よくうちでゴハンを食べていた。
ウチは定食屋だったから子供が一人増えようがそんなのは同じだった。
小さい頃から、アヤちゃんはウチの家族だと思ってたし、もっとチビの頃は本当の姉ちゃんと信じてたほどだ。
そして、兄貴のタクがグレだした時に、アヤちゃんの気持ちが分かってしまった。
俺は当時は中学生で、不謹慎だけれど兄貴に恋してるアヤちゃんを好きだなぁと漠然と思っていた。
今思い返せば、恋してる女の子がキレイに思えるのは当たり前だと思う。
そんなアヤちゃんを毎日のように見ていて、気持ちに気付かないわけがなかった。
兄貴は兄貴で散々グレて、近所でも有名なら隣町でも有名だった。
殴って、殴られて、壊して壊されて、キリのないケンカが続いて帰ってこない日もたくさんあった。
オヤジとも顔を合わせれば毎回大喧嘩で、オヤジが包丁を持ち出した事もあったくらいだ。(しかも魚さばく為の柳刃包丁)
それでも一番冷静だったのは、母ちゃんだった。
ある日俺が「本当にクズな兄貴だ」と漏らしたら平手打ちされたことがあった。
俺は一瞬叩かれた理由がわからず、しかし頭が冴えてくると母ちゃんへ怒りが湧いてきた。
何で俺がぶたれなきゃいけないんだよ、と怒鳴った俺に母ちゃんがピシャリと言った。
「あたしの産んだ子を、クズよばわりされる覚えはないよ!それが同じ息子でもね。
……なに、タクはちょっと不器用なだけなんだよ。ケンイチみたいに頭がいいわけでも、シンみたいに要領が良いわけじゃない。あの子は一番不器用で、要領が悪いから、今はああなんだ。
でもね、あたしはあの子が一番、心の思いやりが深い子だと思ってる。
そりゃ人様殴るのはよくないし、母ちゃんも謝り疲れた部分はあるけれど、自分より弱い相手には絶対に手を出してないんだからまだマシってもんだ。
それでもね、あの子をクズって言われたかないよ。
クズだと言うなら、タクより生きて偉くなってから言いな!」
その言い分に俺はポカンとしてしまった。
当然母ちゃんの言ってることがどうしても納得できなかった俺は、その後何も返す事なくすぐに部屋にこもった気がする。
なにしろクズ兄貴はアヤちゃんを困らせるだけでなく、酷い言葉を放つ時すらあり、それが俺には許せなかったからだ。
そうしてしばらく、母ちゃんが癌だと知った。
そして医者の余命どおりに亡くなってしまった。
あんなに元気だった人が、こんなにもあっけなく亡くなるなんて信じられないほどだった。
ところが、母ちゃんの病気と死を境にどうしようもなかった兄貴は、見違えるように変わった。
兄貴は今までのくだらない奴らと関係をスッパリたって、タバコも無茶な事も完全にやめた。
血気盛んだったのが別人のように落ち着くと、ずっと素直になれなかった癖にすんなりとアヤちゃんと正式に付き合い始めた。
兄貴もアヤちゃんも笑顔が増えて、親父とも仲がいくらかよくなり、定食屋を継ぐべく調理学校に行って資格をとった。
家の事を何一つ文句言わずにやるようになり、あんだけ酷い事したのを挽回するかのようにとにかくアヤちゃんを大事にした。
そこで俺はようやく、母ちゃんの言ってた事が分かった気がした。
兄貴がクソがつくほど不器用な男だったんだって。
それから兄貴は3年ほど他所へ修行へ行き、こっちに戻ってきて跡取りになった。
そして俺や親父、お客さんの前にも関わらず、彼女に土下座してプロポーズしたのだ。
……まぁ、3年間の遠距離恋愛のアヤちゃんの相談役は、もっぱら俺だったのだけれど。
って言いたいとこだけど、兄貴のプロポーズに即OKを出したあたり、初めからアヤちゃんには俺なんか眼中になかったってわけだ。
俺は俺で、兄貴と同じく調理学校を卒業した。今は大きなホテルで働いている。
本当ならこの披露宴の土曜日なんて休めるはずがない。だけど、全力で祝いたかった俺は死に物狂いで休みを取れるように努力した。
まだまだ未熟ではあるけれど、それでも調理の道を選んだのはライバル心からだったと思う。
不純な動機だけれど今となってはこの仕事が好きだし、色々な大会にも出させてもらえたりするから勉強になる。
それに兄貴は俺の分野には太刀打ちできないと思っている。
何故なら、俺の作ったものを食べた時のアヤちゃんの顔は、俺にしか引き出せないからだ。
二人のスライドが終わり、会場が明るくなる。
次の瞬間、そろそろ俺の出番だと思う。 はかったように司会者が明るい口調で盛り上げた。何せ次は披露宴一番のシャッターチャンスだからだ。
『それでは、お次はケーキカットになります!』
運ばれてきたケーキは、大きな大きなスクエア型したケーキ。
真っ白なクリームの上にはたくさんのフルーツと、チョコレートで書かれた「TAKU & AYA HAPPY WEDDING」の文字と日付。
隅には淡いブルーに艶めく繊細な飴細工の白鳥が2羽、つがっている。
見た目こそはシンプルだけれど、中の具材や味、触感がどれほど素晴らしい出来かは俺が一番知っている。
スポンジに使用した小麦、卵、生クリームは産地からどれも一級品だし、フルーツは旬ものは当然、ものすごくこだわって選んだ。とりわけ用の後添えのフルーツソースも然りだ。
今日のパーティーための、スペシャルスイーツ。
とっておきの作品。
そんな時いきなり、スポットライトを当てられた。
分かってはいたけれど突然の強い光に顔をしかめてしまう。
しかしすぐに目は慣れて、司会者は続けた。
『なんと、こちらのケーキは新郎タクオさんの弟さまであるシンヤさんによる手作りでございます!
なんとシンヤさんは日本を代表するホテル・ロイヤルレガートTOKYOのパティシエだそうです。また、過日行われましたワールドスイーツコンペティションの日本代表選考コンテストでも審査員賞を受賞されたとのことで、ご兄弟揃ってお料理の道なんて、ご両親様はとても幸せでございますね!
シンヤさん、どうぞお立ちになって下さいませ。 お二人の為に素敵なケーキを作ってくださったシンヤさんに皆様、盛大な拍手をお願いいたします!』
司会者に促されて立つと、拍手がいっせいに起こった。
ライトの眩しさが、つい先週行われたばかりの表彰式とオーバーラップした。
俺はとりあえず一礼して高砂に座ってる二人を見た。
ビールの飲みすぎかすでに顔が赤くなってる兄貴。
その隣で微笑んでるのは、本当のお姫様みたいに可愛いアヤちゃん。
係員にマイクを渡されて『お二人にどうぞ一言を』と言われた俺はマイクを受け取ると、とたんに照れが出てきた。
「えー……なんだか立派すぎるほどの紹介を頂戴いたしまして、誠に恐縮です。ありがとうございます」
マイク独特の、こもったような音が会場に響く。
自分の声を大音量で聞かれるのは、変な感じだなと思った。
「本日は本当におめでとうございます。そして二人のために皆様お集まりいただき、本当にありがとうございます。
……抜けてるのもいいとこな兄に、あんなに美人で気立ての良い方が本当にお嫁になってくれるとは、弟ながらも驚きだったりします」
会場中がどっと笑う。
兄貴は「おい!」と抗議したそうだったけれど、アヤちゃんが「事実でしょ?」とお茶目に諌めていた。
一度挨拶を言ったら不思議なくらいにすんなり言葉が出てきた俺は、今度は緊張せずに続けた。
「だけれど、兄のような人にとても素敵な方が伴侶となるのは、弟からするととても幸せな事だと言えます。
兄は、世界で一番の幸せ者です!私から見ても、どこまでも誠実で、本当に心から大事な二人に、ささやかですがお祝いのケーキを作る事ができたのは私自身本当に幸せです。
……兄貴、アヤちゃん。おめでとう。
ちなみに、主役の二人が甘い雰囲気なので、本日のケーキは糖分控えめにしております!なので皆さん、どうぞ沢山召し上がって下さい!本当に本日はおめでとうございます」
言い終わるとスポットライトの光は柔らかくなり、 さっきよりも盛大な拍手と笑い声がした。
緊張がほどけ、ホッとしながら席につく。
その途端、何だか目の前が歪んだ気がした。
肝心の二人の反応はどうだろうと思って主役を見ると、なっさけないことに兄貴は号泣していた。
そして、亜矢ちゃんも泣いていた。
俺の隣にいる親父を見れば相変わらず泣いてるし、 姉夫婦や親戚の叔母さん、アヤちゃんのご両親はもちろん、いい年したケンイチ兄貴でさえ目が潤んでいた。
あーもう……。
ウチんち、みんなバカじゃねーの。
笑ってんの、写真の中の母ちゃんだけじゃん。
さすがの俺も、……泣けてくるじゃんかよ。
フツー家族が泣くのは、新婦の手紙に決まってるっつーの。
『あららら。新郎新婦のご家族様が、皆様うれし泣きなようですね。本当に、素晴らしいメッセージでしたね。
新郎新婦のタクさん、アヤさん。お二人ともお立ちになって、こちらまでいらっしゃって下さい。さぁ、こちらへ。
本当にため息が出そうなくらいに素敵なケーキですね。……皆様も準備はよろしいでしょうか?
お写真撮られる方は、是非前までお越しになってくださいね。
それでは、新郎新婦のお二人による、ケーキ入刀です!』
( 母ちゃんがいても、きっと笑ってんだろうな。 )
最初のコメントを投稿しよう!