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scene99*「お守り」
ねーねーせんせー。
なんだ。
タラチネってなんだっけ?
【99:お守り 】
日曜日の午後、明るい光が差し込む彼の部屋で、私のとぼけた質問に素っ頓狂な声が響く。
「はぁぁぁ!!??お前馬鹿か!つーかよく高校受かったな!!??」
「な、何よ!だって忘れちゃったもんは忘れちゃったんだもん!」
「いや、中学でやったろ!?たらちねの、ってきたら『母』にかかる枕詞って……」
「え、そうだっけ?」
「ひさかたの」
「光のどけき春の日に?」
「それはできてんじゃん!……ったく、お前センター大丈夫かよ……そもそもこんな生徒がいるのにオオヤマ先生何してんだか。やっぱお爺ちゃん先生だからかな」
彼はため息をつきながら古文の先生の名前を出す。古文担当のオオヤマ先生は結構なおじいちゃん先生で非常講師の先生だ。古文に関する書籍も出してるらしいけど、学者っぽすぎて生徒を教えるには少し先生らしくはない。けれどオオヤマ先生は落ち着いた声で喋るから、授業中眠るには最高の先生だ。おまけに怒らないし。それを言えば彼は当然憤慨するから内緒だけど。
そう。私の大好きな人は、通っている高校の国語教師のハリモト先生だ。
そんでもって一応、私の彼氏。……ただ、彼女の私は超がつくほど馬鹿だけども。
センセーの担当は現国だけど見かねて古文もちょっとだけ教えてもらっているのです。
けれど、あんまりにも私の出来が悪いので今みたいに先生は嘆く事多し……なのだけど、私はどこまでもポジティブだ。
「あたしね、短大くらいは受かりたいのよ!」
なぜなら先日、求人広告を見てちょっと愕然したからだ。
私は専門職の中でも何かをやりたいわけじゃなく、漠然と大学に行きたいとは思ってはいたものの、今の求人広告事情を見るとその殆どが「短大卒」くらいが必須のようなのだ。
私は何かやり通したい夢というものがない。
だから生半可な気持ちで専門学校に行っても何もならないし、真面目に受けてみれば講義とかはまぁまぁ好きなので行くなら短大とかだろーなぁ~程度に思っていた。
一応選択肢として、真面目に就職も考えて両親ともよく相談したけれど、そんなに早く答えを出すよりもっと色々なものを見て、色々な人間に触れるのもいいから受験するだけしてみなさいということになったのだ。
学費を払ってくれるのはもちろん我がご両親様々なので、一生頭上がらないなと思いつつ受験生となったわけなのだ。
あー、甘やかされてる一人っ子で良かった。
「ナツミ、そういや大学の学科は決めた?」
「うん!心理学専攻しようと思って!」
「……あ~……お前にお似合いかもな。まぁ、でも心理学だと就職がなぁ」
「でも途中から専攻変えられるから、とりあえず入学だけはしないとって感じ」
「ホント受かってから悩めって話だな。頑張れ頑張れ」
センセーは棒読みで声援を送った後、読んでた新聞に目を戻した。
私は何となくその素っ気無さにカチンときてちょっと頬を膨らませる。
「せんせ。あたしのこと落ちれば良いと思ってるでしょ」
「はぁあ!?」
「先生の思惑どおりにいきませんよーだ!ばか!」
べーっ、と舌を出した私はテキストの本で顔を隠した。 それを見てセンセーは呆れるようにして新聞を置いた。
「ホントにアホか。お前は。自分の生徒兼彼女の合格を祈らない、教師兼彼氏がどこにいる」
「あ、今、生徒っつった。彼女より先に生徒っつった。傷つくなぁ」
「事実を述べたまでだ。オラ、とっとと勉強しろ」
「冷たい!酷い!!」
「普通だ!ダァホ!!」
「あたしのこと愛してないんだー!」
私がそう嘆くと、センセーはフッと何か悲しいものを見るような目つきをしながら大げさに言った。
「あーあ。今日頑張ってたらイイモノあげようと思ったのになぁ~」
「え!?何!!??欲しい!!」
そんな私の返事に、ゲンキンだなぁと笑った。
そしてすぐに意地悪な顔をして、でもいい子にしてないからあげれねーなとわざと煽った。
そんな風に言われたら、やっぱり何であろうとセンセーから貰えるものなら欲しいに決まってる。
私は「ちゃんと、頑張るから」 と、先生の袖をちょっとだけ引っ張りながら言った。
するとセンセーは待ってましたと言わんばかりに余裕たっぷりの笑顔をむけた。
結局いつもこのパターンだ。
「じゃーあと2ページは終わらせろ」
「わかった!!」
ふざけてたのが嘘みたいに、私は真剣にテキストを再開した。
センセーが台所へ向かう。私の為に紅茶を淹れに行ってくれたのだと分かった。
「せんせ!終わった!!ちょーだいっ!!」
「……お前って何でそう即物的なんだよ。ま、いいけど」
ゲンキンな私に呆れつつもセンセーはベッド脇にあるサイドボードの引き出しから何かを取り出した。
「ホラよ」
センセーから手渡されたものは、お守りだった。
紐はくてっとしていて袋も少しだけくたびれている。だいぶ年季が入ったものだとすぐに分かった。
「古くて悪いけどオレが受験の時に持ってたやつ。あ!オレはちゃんとストレート合格だかんな!」
私はそれを両手に持ちながら、感激の気持ちでそれを見つめていた。
「これって、超マジで愛こもってない!?」
「はいはい。愛してますよ」
「じゃ結婚して!!」
「はいは……はぁ?お前何言ってんだ」
「チッ。それには乗んなかったか」
「お前ってホントアホだな。ま、別にいーけど」
「今、いーっつったよね!?」
「はいはい。早く紅茶飲めよ。せっかく淹れたんだから」
「せんせ!誤魔化さないで!」
「あーもー、ちょっと黙れお前!ケーキやんねーぞ!」
「それは困る!おおいに困る!!」
センセーはコーヒーが好きかと思ったら紅茶のほうが好きなようで、 しかもセンセーのほうが超甘党。
やっぱりセンセーという職は頭も心も疲れるらしい。私は一緒に出されたモンブランケーキを頬張った。
センセーはそんな私の頭をクシャッと撫でた。
手のひらから温度が伝わる。
この温かくも大きな手のひらは私のお気に入りだ。
そしてそれを大好きなのを先生は知っているのだからずるい。
撫でられながら、本当は勉強なんかしないでこんな暖かい日は一緒に猫みたいに眠りたいなぁと思った。
センセーのワンルームは南向きで日当たりが良いので、うたた寝するには最高だからだ。
するとセンセーはおもむろに言った。
「あ、あとちょっと、時間ある……?」
照れたように白々しいその一言に、ピーン!ときた。
今度は私からいじわるしようと思って、ちょっと迷ったような素振りをして、「なくはない……けど?」と言った。
目を合わせると、そそくさと逸らされる。やっぱりそういう事だったのだ。
それが分かった私は何だか嬉しくなってくる。
「コウイチさん。だいすき」
ケーキを食べ終えた私は、わざとセンセーの下の名前を呼んでニッコリと笑った。
……そういえばさっきの引き出し、ゴムがいつも入れてある場所だなぁ と、一瞬でも思ってしまった私はやっぱり馬鹿だと思いながら、唇を寄せてきたセンセーに身を任せる。
本当は卒業まで待つ話だったけど、私のほうが迫りに迫ってこうなったわけだ。
センセーは口では厳しいことや冷たい事を言いながらも、私を抱く手はいつだってあたたかくて優しい。
だからこそ来年の春はセンセーの為にも、何が何でも咲かせてみせなくちゃ。
こんな心強いお守り、他にいないもの。
そう思って、私はセンセーのちょっと固めの髪にキスをした。
( **恋+ワタシ=不真面目の秘密恋愛は現在進行形** )
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