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scene12*「虫」
虫が嫌いな私と、虫が大好きな恋人。
そんな二人を見守るのは、やっぱり虫たちなのでした。
【12:虫 】
あたしは虫が嫌いだ。そして、無視もモチロン嫌いである。
だけれどあたしの大好きな人は、そのどっちも好きだし、得意なのだ。
どうしてそういう相手を好きになってしまったんだろうと思う。
それでも彼の代わりなんか誰もきかないし、彼がいいのだから自分はバカだと思う。
「ねー、キョウちゃん。まだぁ?」
「……」
「キョウちゃんってば!」
「……」
キョウちゃんは、大学で虫の研究をしている。
それも、数あるウヨウヨとした虫の中でも、キョウちゃんが憑かれたように好きなのは、イモムシと蝶々だ。
今日も今日とて、顕微鏡にずーーーーっと顔をくっつけて、何かを見ている。
授業が終わってもずっとこれなのだから、あたしは暇つぶしに読んでた本さえもう読み終えてしまった。
あたしが蝶々で平気なのはアナスイのマークぐらい?
そのぐらい、蝶々も苦手。
模様とかキレイとまで思える余裕が無い。
アゲハ蝶なんて最悪だ。黒の中に黄色と赤と青色が毒々しく思えて、肩に止まっただけで毒をかけられるんじゃないかと眩暈さえする。
(それをキョウちゃんに言ったら、すごーく怒られたから、二度と言えない。)
「キョウちゃん、さっきから何みてんの?」
「蝶の燐粉。サヤも見る?」
「……いいです」
顕微鏡から顔を離して嬉しそうな顔をしたと思ったら、あっという間にシュンとなる。
あたしも虫とか蝶々を一緒に好きになれたら、きっとキョウちゃんは嬉しいんだろうなぁ。心の中で(キョウちゃん、ごめんね。)と呟いた。
そうして何となく足元に目を落とした私は、一瞬言葉を失いながらも、「ひっ!!!」と叫んでしまった。
なぜなら……
そこにいたのはゴキブリだったから……!
しかも、なんかフツーのゴキブリよりも、やたらデカイ!!
あたしの引きつった声に気づいたキョウちゃん。だけど、キョウちゃんは見慣れてるのか、その存在に動じない。
そもそもここの研究室は、昆虫研究会御用達だし(あたしが研究室に入れるようになったのも最近だ)学校自体古いから、いてもおかしくない。
家でさえ見かけたことの無いオソロシイ存在にあたしは動けずにいて、「キョウちゃん、なんとかしてぇーーー!!!」と叫ばずにはいられなかった。
キョウちゃんはあたしのピンチに気付くと捕獲セットを持って傍まできてくれた。
(もしかしたら虫のほうがピンチくらいに思われてたかもしれないけれど)
「騒ぐと飛んでくるから、じっとしてて、サヤ」
「なんでそんなに冷静なのよー!」
「あー、これよく見たらリチャードかも」
「リチャード!?」
「権田くん、ゴキブリ研究してて10匹くらい飼ってんだよね」
「は!!??じゃあ殺しちゃだめなのー!?」
「当たり前じゃん!だってリチャードだよ!!!??」
「リチャードでもジョンでも何でも良いから、どうにかしてよコレっ!」
「サヤすごいな!実はジョンって名前のやつもいるんだよ!」
「そんなの知らないってば!!!早く捕まえて!!!!」
「俺、ゴキブリ捕まえるの下手だけどなぁ……。けど権田くんは今日デートらしいし。よし、やるか!」
あたしだったら、ゴキブリを研究してる彼氏なんか
絶 対 に 嫌 だ 。
心の底から権田くんの彼女を尊敬した。
だけどあたしが固まってるうちに、キョウちゃんは権田くんが作っておいてくれた特別なゴキブリホイホイをしかけてくれて、カンタンにリチャードを捕まえてくれた。
どうやらGの脱走は日常茶飯事らしい。
「サヤ、もう大丈夫だよ。もう怖くないからね」
リチャードの捕獲に成功したキョウちゃんの笑顔は本当に頼もしくて……あぁこれなら、一緒に住んでも虫の心配は全然大丈夫だなぁ、なんて感激してしまった。
そして「キョウちゃん、ごめんね」と、さっきまでの事を小さく呟いた。
好きな人のものを好きになれないで、むしろ嫌いで、ごめんねって気持ちも込めて。
だけど……それだけでは終わらなかった。
キョウちゃんの男らしさ?に惚れ惚れしている私を尻目に、こともあろうかゴキホイをあたしの方に持ってきて、目を輝かせて熱弁しはじめたのだ。
「サヤもよく見ておいたほうがいいよ!リチャードって珍しいんだよ!」
関東じゃ見れない、西表島のほうにしかいないヤエヤママダラゴキブリって言うんだよ!
5センチくらいで日本じゃ最大なんだけど……って、サヤには難しいか。
あ、でもゴキブリって自然な場所にも結構生息してて、サツマゴキブリってのは漢方にも使われるくらいで、虫といっても人畜無害どころか人間を健康的にしてくれるなんて、すごく有難いよね~!
そう思うと自然の生態系とかも壊さないように、環境にも気をつけなきゃって思うよね☆
本当に権田くんは良い研究対象見つけたよなぁ~。
ゴキブリを研究対象にするなんて先にしてやられたー!って思ったもん。けど俺はイモムシ萌えだからな~。
勿論、サツマゴキブリもここにいて、リチャードの斜め上のゲージで…………。
キョウちゃんは目を輝かせながら、リチャードの棲家であるゲージに戻し、今度はサツマGのゲージを観察した。
あたしも遠巻きにしながら、そのゲージに貼ってある「G」のネームシールを見る。
するとそこには 「ニコラス」 と書いてあるのだった。
左隣には「ロバート」のネームがあり、他にも「アル」や「クルーニー」「マーロン」という名のGがいるらしい。
あたしはキョウちゃんの嬉々としている背中を見ながら……それでも虫が好きなこの人が私は好きなんだなーと思った。
恋は盲目ってよく言うもんだとも。
それでも、Gを見た瞬間のキョウちゃんがどこか嬉しそうだったのは、気のせいにしておきたい私なのであった。
( どうしてGの名前が、バタ臭い俳優ばかりなんでしょうか。 )
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